堀田隆一:中英語期に(ノルマン)フランス語の要素(今回は主に綴字)が英語に取り込まれた際の,その「取り込まれ方」に関する問題と理解しました.議論のしがいのある面白い問題だと思います.ご質問ありがとうございました.以下,私の考えを示します.
1つには,質問者のおっしゃるように「フランス語を母語としていた貴族が英語に乗り換える際に綴りもフランス流にした」というやり方で入ってきたという可能性があります(これを「仮説1」と呼んでおきます).もう1つには,私自身が(やや短絡的な表現ではありますが)「フランスかぶれ」と述べているように,英語を母語としていた人々が上位語であるフランス語に威信を認め,その威を借りるためにフランス語要素を取り込んだ/受け入れた,というやり方もあっただろうと考えられます(「仮説2」と呼んでおきます).
仮説1と2のどちらの方が確からしいか,というのは難しい問題です.実際には両方のパターンがあっただろうと思われますし,中英語期内の時代によっても,方言によっても,話者個人によっても,そして借用された言語項によっても,異なっていたのではないかと想像します.一つひとつの事例について,どちらのやり方であると確信をもって回答できないことが多く,もどかしいところではあります.
フランス語を母語とし英語を第2言語として習得した個人に注目すれば,仮説1を想定するのが妥当でしょう.すでに慣れているフランス流を,乗り換えた先の英語にそのまま適用するというのは,きわめて自然な営みと思われます.
一方,英語を母語としフランス語を第2言語として習得した個人に注目すれば,仮説2が妥当と思われます.確かにそのような個人もフランス語の読み書きに慣れている場合が多く,その限りにおいて,英語を書く際にもフランス流を適用するということは,先のフランス語母語話者の場合と同様に起こり得ます.しかし,そうだとしても「すでに慣れているフランス流を英語にも適用する」にあたっての自然さは,フランス語母語話者における場合とは異なっていたはずです.というのは,中英語期の英語の書き手(とりわけ英語を母語とする書き手)は,決して盲目的にフランス流に倣って単語を綴ろうとしたわけではなく,思われている以上に英語流の綴り方への意識が高かったからです.
英語流の綴り方への意識が高かったと考える根拠を3点挙げます.1つは,主に初期中英語期のことですが,ノルマン征服後の当時すでに威信が高かったはずのフランス流の綴字とは独立した英語流の綴り方が行なわれていたことです.中英語の最初期には古英語の標準的綴字を模倣・習得して綴った文書がまだ残っていましたし(The
Peterborough Chronicle など),あるいは古英語やフランス語の綴字に倣うというよりも独自に英語の綴り方を模索し実践する集団
(AB-language と呼ばれるイングランド南西部方言の綴り方など)や個人(Orm
など)も存在しました.もう1つは,初期中英語期から後期中英語期にかけて,各方言の発音を反映し,英語流の綴り方自体が多様化してきたという事実があります(つまりフランス流とは無関係).3点目に,thorn
や edh のような古英語に遡る文字も健在だったことを指摘しておきます.
英語書記において,いくつかの綴字でフランス流が採用されたのは事実ですが,むしろそういった要素が目立つのは,(当然のことながら)英語の綴字の基盤が英語流だったからです.「フランスかぶれ」が成立するためには,まず英語流の基盤があり,その上にフランス流が目立ってちりばめられていることが必要です.英語はノルマン征服後もおおよそ英語流の綴字を発達させていきましたが,それでも威信あるフランス語の影響力に屈せざるを得ないところはあり,部分的にフランス流の綴字も受け入れるに至ったと考えています.部分的でありながらも屈せざるを得なかったのは,やはり英語とフランス語の間に社会的地位の差があったからだと考えます.ちなみに,威信に基づく「屈せざるを得ない」は,消極的な「やむを得ず」のみならず積極的な「望んで」も含むものととらえています.
私はこの時代のフランス語要素の流入をやや誇張して「フランスかぶれ」と表現することが多いのですが,裏を返せば,外国語にかぶれる余裕があるほど英語は英語として独自の言語であり続けていた,ということでもあります.
議論をまとめます.仮説1は,フランス語母語話者の視点に立ち,フランス流を自動的に英語に流用するという見方です.一方,仮説2は,英語母語話者の視点に立ち,フランス流をその威信ゆえに「やむを得ず」あるいは「望んで」英語に流用するという見方です.実際には両方のパターンがあっただろうとは想像しますが,私は一般に言語変化における社会的威信の役割を評価しており,また言語変化における個人の意識的な選択・採用という側面を重視していることから,仮説2をより強く推している次第です.