彩恵りり🧚♀️科学ライター✨おしごと募集中:キーストーン種という言葉は、動物学者のRobert T.
Paineによって、1966年の論文で最初の概念が、1969年により詳しい定義が出されたよ。キーストーン、つまり要石の語源は、アーチ形の構造物の頂点にある石だよ。この石は、全体から見れば小さな石だし、圧力も全体から見て小さな値しかかかっていないけれども、この石を省くと構造物全体が崩れてしまうよ。
キーストーン種という名称の比喩は、生態系全体としては小さな存在でも、これを欠いてしまえば生態系という構造全体が壊れてしまう、ということに倣った表現だよ。
キーストーン種のオリジナルの定義に従えば、ある生態系全体のバイオマスに対して、その数がかなり小さいにも関わらず、この種を欠くと生態系全体が壊れてしまう、というものがキーストーン種に定義されるよ。
例えばPaineのオリジナルの研究では、フジツボとイガイが互いに占領し合っている海底にいるヒトデを取り上げているよ。ヒトデは多くの底生生物を食べるけど、その一例がイガイだよ。ヒトデを人為的に排除した海底では、捕食されなくなったイガイが爆発的に増殖、その他の生物は減少したよ。ヒトデは数も多くないし、決して生態系のトップでもないけれども、これを欠く生態系は総崩れになってしまうよ。これが、キーストーン種がキーストーンだと言われる所以だよ。
さて、Wikipediaにおいて「ナンキョクオキアミはキーストーン種である」という記述を検討してみるね。バイオマス5億トンというのは、地球の生態系のどこにおいてもとんでもない量で、これより多いのは本当に植物や植物プランクトンのような一次生産者、あるいは岩石の中にあるまだ全体が未知数の極限環境微生物くらいしかあり得ないと思うんだよ。バイオマスが少ないけど重要、というキーストーン種の定義には一見するとそぐわないね。
ただし、量の問題を別にすれば、ナンキョクオキアミはキーストーン種としての定義を満たしている、とも思えるよ。ナンキョクオキアミ自身は、南極海にいる植物プランクトンを直接食べる生物の1つだよ。植物プランクトンは一次生産者、つまり光合成によって無機物から有機物を生産する重要な生物だけど、これを直接食べる生物となると限られてくるよ。
ナンキョクオキアミは植物プランクトンを食べることで自らの栄養とし、そして別の生物に食べられることで、間接的に植物プランクトンを生態系に循環させる役割を担っている、と言えるよ。まずこの意味で、ナンキョクオキアミの存在無くしては「植物プランクトン⇒ナンキョクオキアミ⇒上位の捕食者」という流れが崩れてしまうよ。ナンキョクオキアミという1種が南極海に多数生息していると言うことは、裏を返せば代わりを担ってくれる生物が
(ナンキョクオキアミの寡占状態では) いないことを意味しているよ。
ナンキョクオキアミのサイズも注目だよ。2gという体重は、植物プランクトンを専門に食べる生物としてはかなり巨大な部類だよ。普通なら植物プランクトンとナンキョクオキアミサイズの生物の間には3~4種類の小型から中型の生物が挟まるよ。これを飛ばしていきなりナンキョクオキアミに飛躍する生態系は他に類例がないことからも、ナンキョクオキアミは生態系において欠かせない地位にあると言えるよ。
そして、ナンキョクオキアミを食べる側も、もっぱらナンキョクオキアミに依存しているよ。ヒゲクジラは分かりやすいね。海水ごとナンキョクオキアミを飲み込み、その後ヒゲ状の器官を通じて海水だけを吐き出すことで、濾過の過程で引っかかった小型生物を捕食するよ。ナンキョクオキアミはまさにその典型例だよ。実際、ヒゲクジラは何mもある巨大な身体を持ちながら、喉元の直径は数十cmしかない、という小ささでも十分事足りるくらいだよ。
ナンキョクオキアミに依存しているのはヒゲクジラだけじゃないよ。例えばカニクイアザラシ。その名前に反してカニは食べず、ほぼ全てナンキョクオキアミが占めているよ!ヒゲクジラと違い、ちゃんと普通の牙を持っていながら、餌のほとんどがナンキョクオキアミという点から、詳細は不明ながら同様に濾過によって捕食している、と考えられているよ。より牙を生かした生態を持ち、イカ、ペンギン、他のアザラシなどを襲って食べるヒョウアザラシも、ナンキョクオキアミを主に捕食しているよ。ヒョウアザラシは積極的な狩りと、より小さな生物の濾過の両方を行うという珍しい生態を持っているよ。特に狩りの対象が少ない環境では、ヒョウアザラシは最大83%の餌をナンキョクオキアミで補うことが知られているよ!
その他にも、鳥類やイカはナンキョクオキアミを積極的に食べるし、ハクジラ類もイカを捕食することで間接的にナンキョクオキアミに依存しているよ。ナンキョクオキアミの捕食に特化している、あるいはそうでなくてもかなり多くの面に依存している、と言うことを考えると、ナンキョクオキアミは単に「量が豊富な餌なので生態系に欠かせない」以上の役割を持っていると考えられるよ。つまり「仮にナンキョクオキアミがいなければ、他の生物が繁殖して餌を補う」というわけではなく、ナンキョクオキアミの捕食に特化した他の生物も共倒れになる可能性もある、と言うことだよ!
全体としては、量こそ膨大で一見するとキーストーン種の定義を満たしていないけれども、他の生物との捕食・被食の関係性からして、生態系の維持に欠かせない存在である、というのがキーストーン種の定義に合致しているのが、ナンキョクオキアミがキーストーン種と書かれる所以だと思うんだよ。
ところで、私は今回の質問の元となった、Wikipediaの記述には問題ありだと考えているよ。この本文中のどこにも、「ナンキョクオキアミがキーストーン種である」という主張の根拠となる文献資料が示されていないからね。Wikipediaのルール上、これは要出典であり、本来なら注釈がつけられるか、さもなくば根拠がないので削除されても文句が言えないものだと思うんだよ。
この記述は、2005年頃に英語版Wikipediaの記述を翻訳する形で書かれたみたいだね。当時の状況は分からないけれども、元の記述にある文献資料を入れていないというのは少なくとも現在ならアウトなはずだよ。ちなみに、英語版を観ると、ナンキョクオキアミがキーストーン種であるという根拠はMarino
Vacchi, et.al.の "Sea-Ice Interactions with Polar Fish: Focus on the Antarctic
Silverfish Life History"
が根拠っぽいけど、有料の中身までは読めないので、本当に書かれているかまでは私はチェックできなかったよ。ただ、日本語版Wikipediaにはその文献資料自体がないことから、少なくとも根拠がない記述と突かれても文句は言えないね。
ナンキョクオキアミの記事全体自体、参考文献のリストはあるけれども、注釈で結びつけられたのは1つしかないよ。Wikipediaのルール的には、どの文献がどの記述の根拠になっているのかを明示しなければならない事から、この記事自体は本来当てにできる内容がほぼ存在しないとすら言えるよ。もちろん、ちゃんと元の文献を当たれば、噓八百が書かれているわけじゃないことはわかるけれども、とはいえ先ほど書いたキーストーン種の根拠の文献が載っていないなどの問題を見れば、この記事は2005年の翻訳時点から、誰もその正しさをチェックしていないので、気づかれにくい間違いや嘘があっても誰も指摘できない、という問題があるよ。割と日本語版Wikipediaではこういう問題のある記事が多いから、内容を当てにするな、と批判されちゃうんだよね。