イナダシュンスケ:日本に刺身（膾）を伝えた国の人に言われても……とも思いますが、確かに中国はかつて生食文化を捨て、何でも鉄鍋でガンガン加熱する文化に移行しました。日本人に胃が弱い人が多いのかどうかはわかりませんが、少食なのは確かかもしれず、何も言い返せないような気はしてきますね。 冷たいものを忌避すると言えばインドもそうです。インド人のお客様も多いエリックサウスでは、「お冷や」も冷やしすぎるわけにはいきませんし、まして氷を入れるなどあり得ません。 それでもインド人さんにとってはそれは冷たすぎることもあるようで、度々、常温の水を所望されます。本当は軽く温めた水が一番良いようです。 それはアーユルヴェーダ的な教え（冷たいものは胃に悪い）でもあるけど、同時に経験的な食中毒予防的意味合いもあるのではないかと考えています。つまり温かい水というのは湯冷ましのイメージ。一度加熱殺菌を施してそこからさほど時間を置いていない状態を好む嗜好が根付いているのではないでしょうか。 実際インドでは、氷入りの冷たい飲み物を飲んだ日本人旅行者が次々とお腹を壊します。 ちなみにインドでは油で揚げた食べ物が最も「浄性」が高いと言われていますが、これも殺菌の意味合いがあると思います。中国の高火力＆鉄鍋文化にも通じるものがあります。 中医学とアーユルヴェーダ、系譜の異なる伝統医学が同じような教えを盛り込んでいるのは興味深いですし、説得力を感じますね。 翻って日本では、綺麗な水がどこにいても手に入りやすかったことが、生食文化を支え、冷たいものへの嗜好を育てたのではないかと思います。生水も、潤沢なそれで洗いながら捌いた魚も、初期状態で食中毒の心配がないとしたら、あとはそれをいかに低温でキープするかが食中毒予防になります。それが中国やインドと逆の嗜好や価値観を育てたのかもしれません。 僕は普段クラフトビールなどを常温で飲み、「冷やしすぎると味もへったくれもない」などと蘊蓄をかましたりもしていますが、酒場でガチガチに凍ったジョッキのキンキンに冷えて薄氷の浮いた生ビールを飲んだりすると「やっぱビールはこれが一番！」と思ってしまったりもします。日本人だなあ、と思います。