Masazumi Honda:もちろん、始状態と終状態を考えている過程のものに指定したS行列を使えば計算できます。

橋本 省二:「反粒子とは時間を逆行する粒子である」。ファインマン流の解釈は、ファインマン・ダイアグラムという形で幅広く利用されています。電子をあらわす線には矢印を、その反粒子である陽電子をあらわす線には逆向きの矢印をつけて表します。ある方向に時間が流れると考えると、反粒子はあたかも時間を逆行しているように見えるというわけです。ご質問の過程（Wボソンの崩壊）はもう少し複雑な話になりますが、やることは同じです。崩壊する過程もそれを時間的に逆に見た過程も、実のところ同じダイアグラムであらわされるので、書き下す数式はほとんど同じです。あとは出てきた粒子の運動方向に関する積分とか、そういうところが違ってきますが、そこは詳細ですね。 では、そもそもなぜ時間反転に関する対称性があるのか、というもっと根源的な問題も考えたくなりませんか。場の量子論の言葉では、荷電反転(C)、空間反転(P)、時間反転(T)を続けて行った C+P+T 変換をしても法則が変わらないという「CPT定理」として知られているものです。荷電反転(C)とは粒子と反粒子を入れ替えるものですから、CとTは上記の話と同じですね。空間反転(P)が入ってくるのは、スピン（粒子の自転）をもった粒子では時間をひっくり返すと回転の向きも逆になるので、それを戻しておかないといけないためです。 さて、このCPT定理は、「定理」というだけあって非常に堅固なものです。場の量子論が相対論的不変性（座標系を取り替えても法則が同じ）をもち、エネルギーに下限がある（無限にマイナスのエネルギーをもつ状態はない）という条件のもとで必ず正しい。これらの条件を満たさない理論は考えにくいので、ほとんど絶対の掟と言ってもいいくらいです。その結果として、例えば電子と陽電子の質量は正確に等しいはずだ、という手堅い予言が得られます。陽子と反陽子もそうです。 その定理の証明はどうやるんだ、という質問はしないでくださいね。言葉で説明するのはなかなか大変なんです。