大谷栄治:私も多くの先生方のご指摘にようだと思います.まず10兆円の大学ファンドとはどのようなものなのかを知りましょう.10兆円で大学を支援し改善するものではありません.10兆円規模の大学ファンドを作り,これを運用してその運用益の年間3,000億円程度を数校の大学(おそらく4-5校で,国際卓越大学と呼ぶ)を支援するものです.支援される大学は,国際的に優れた研究成果の創出し,大学としての事業で年3%の事業成長、経営と研究を分離したガバナンス改革などを課せられるものです.皆さん,この10兆円の大学ファンドで,日本の研究力が復活すると思いますか.特に,大学の事業での年3%の事業成長は難問です.大学は儲かる研究事業を要求されています.
最近の10年間の日本の科学力,研究力の低下は,世界に比べて日本だけ一人負けの状態です.それは,現在も続いている「選択と集中」による一部の大学のみに支援を集中して,多くの大学の支援が削減されてきたことの表れです.また,「選択と集中」の予算支援の対象の数校も世界のランキングから後退しています.
このような現状を改善するためには,できるだけ早く「選択と集中」という日本を一人負けさせている方針から抜け出し,すべての大学に対する基礎的な運営資金を大学ファンドに相当する年間3000億円相当で10年間以上継続して支援することです.これは,多くの研究者が指摘していることです.基礎科学は思いもよらない研究が成果を生むもので,予測がほとんどできない性格のものです.そのために,それを生むできるだけ多くの頭脳(つまり各大学の研究者)を継続して支援をすることが有効です.「選択と集中」の方針は,外れくじを引く可能性が高いことに注意することが必要です.できるだけ早くこのリスクの高い方針を転換することが,日本の研究力の復活の鍵です.これは多くの研究者が述べていることで,目新しいことではありません.日本の研究力の統計データをみても明らかです.
大学ファンドは,ハーバード大などの米国の一流大学のもつ大学ファンドの運用とその活用をまねたものです.しかし,世界の他の多くの大学は,そのような方法を取らないでも,日本の現状を凌ぐ成果を挙げています.その意味で,この10兆円の大学ファンドの方向は,日本全体の研究力を改善して,G7の他の国のような研究力の成長軌道に向かわせるものではないことも明らかです.できるだけ早く「選択と集中」を良とする呪縛から卒業することが望まれています.もう少し成功する可能性のある総合的な日本の研究力向上戦略を早く取ってほしいと切に望んでいます