堀田隆一:ご指摘の通り,フランス語やイタリア語などのロマンス諸語では「男性」 (masculine) と「女性」 (feminine) の2つの文法上の性(文法性)が区別されています.デンマーク語やオランダ語でも2性に分かれていますが,それぞれ「共性」 (common) と「中性」 (neuter) という名称のようです. 一方,ドイツ語,ロシア語,ラテン語,ギリシア語などでは「男性」「女性」「中性」の3性が区別されており,英語の千年ほど前の姿である古英語でも,同様に3性が区別されていました. 上に挙げた諸言語はいずれも印欧語族に属し,ルーツは同一です.では,そのルーツとなる印欧祖語では文法性はどうだったのでしょうか.もともとは3性だったとか,いや2性だったとか,様々な議論があるようですが,ここでは印欧語族のなかでも資料が現存する最古の言語であるヒッタイト語を参考にしてみましょう.ヒッタイト語は紀元前1900--1200年頃に栄えた古代ヒッタイト王国の言語です.この言語は,文法性として共性と中性の2性をもっていたといわれます. 共生と中性という2区分は,簡単にいえば,森羅万象を生き物か否かによって2分する,人類にとってユニバーサルと考えられる発想です.言い方をかえれば「有生」か「無生」かということです.自身も生き物の一種である人間にとって,話題にしているモノが生き物なのかそうでないのかは,当然ながら最大級の関心事となります.日本語でも存在を表わす動詞は,有生物が主語であれば「いる」,無生物が主語であれば「ある」と区別します. さらにもう1段階区分するとならば,同じくらい自然でユニバーサルな分け方は,「有生」を男(雄)と女(雌)に区別するやり方でしょう.これは人類(のみならず動物)の最大の関心事の1つでしょうから,説明の必要はないかと思います.この段階まで分けると,「男性」「女性」「中性」という3分法になるのだろうと思います. さらに細分化することだって理屈上は可能です.男性・女性を年齢で分けるとか,そのモノが食べられるものか否か(←例えばこれだって人類・動物にとってユニバーサルな関心事ではないでしょうか?)とか,いろいろ考えることができます.しかし,それぞれに言語によって,区分の深さについて,この辺りで止めておこうかとか,もう一歩深掘りしようかとか,独自のポイントがあるようです.結果として,3性の言語もあれば,2性の言語もあり,現代の英語のように1性(=性の区別がないということにもなるので事実上「ゼロ性」ですね)の言語もあるということなのだと思います. 2月3日付けの「ドイツ語やフランス語は『女性名詞』と『男性名詞』という分類がありますが、どのような理屈で性が決まっているのでしょうか?」に回答した通り,私自身は文法性というものは言語上のフェチだと考えていますので,言語によって性の区分の数が異なるということは,きわめて自然なことだと思っています.私のブログより,ぜひこちらの記事セットをご覧ください.(Read more)