鈴木 一生:米国に本社がある多国籍企業の欧州現地法人に努めている者ですが、法律・人事は専門ではないので、そのつもりでお聞きください。
米国では雇用契約は完全に雇用者・被雇用者間の自由意志に基づくものとされ規制はありませんが、私の知る限り、これは先進国では例外的です。日本を始めとする先進国では労働契約には法的な制約があり、特に使用者による従業員の解雇に関しては強行規定
(*1) として一定の基準・手続きが定められています。
日本では、多国籍企業における労働契約にどの国の法律が適用されるかは原則として当事者間で決定することが可能ですが、特に雇用などの重要な項目に関して、従業員が日本の法律を適用するように求めた場合、使用者がそれを拒むことはできません
(*2)。したがって日本では、労働契約にどのような文言が盛り込まれていたとしても、米国のように使用者が一方的に従業員を解雇することは不可能だと理解しています。
実際、多国籍企業における整理解雇の事例を見ていると、米国法人に直接雇用されている従業員に対してはアナウンス当日に解雇が行われているのに対して、各国現地法人で雇用されている従業員の解雇は即日実施とはなっていません。各国の法律に基づいて手続きを進めるためにある程度の時間を要したり、そもそも整理解雇の実施を行わず、自発的早期退職者の募集に留める場合もあります。
以上を前提とした上で日本法人で人員削減を行う方法ですが、まずは新規採用の停止、それでは削減ペースが不十分な場合には退職勧奨になると思います。具体的には対象者に対して、割増退職金や転職支援などをつける代わりに自主退職に応じるように説得します。ただし、昨年なら「解雇する企業もあれば採用中の企業もあり」という状況だったので従業員も退職勧奨を受け入れやすかったのですが、今は業界全体で一斉に人員削減を行っている状況なので、十分な数の従業員に自主退職を受け入れてもらうには、割増退職金などを多めに積む必要があると思います。
一般論ではなくIT業界限定の話ですが、業界では好調な時代が長く続いたので、特に早い時期に会社に加わった従業員は、すでに(セミ)リタイアしたり起業するのに十分な資産を築いている可能性があります。彼らが初めて大きな人員削減を経験し、これまでの従業員を大切にする企業文化が損なわれたと感じた場合
(*3)、むしろ積極的に退職する可能性もあります。
(*1)
個別の契約によって変更することができない規定。たとえ雇用契約に「即時解雇できる」と書いてあり当事者が合意していた場合でも、その契約はその部分について無効となる。
(*2) 法の適用に関する通則法 第十二条 労働契約の特例
(*3) 元従業員が語る、大手テック企業の「冷ややか」な解雇通知の方法
https://wired.jp/article/google-meta-big-tech-is-bad-at-firing/