書籍のオススメというのは、実はとても難しい問いなのですよ。相手が過去にどのような本を読んできたのか、どのような専門分野を持っているのか、書籍を読むという行為に慣れているのかなど、さまざまな要件があります。加えて、一冊だけを選ぶということもたいへん難しい。さまざまな読書を重ね、あらゆる世界観をひとつひとつ学び、その蓄積によってだんだんと自分独自の哲学のようなものが育っていく。読書とはそのようなものだと思います。
2000年代、まだインターネットがそんなに普及しておらずSNSも広まっていない時代に、古巣の新聞社で上司だった人(団塊の世代です)から「佐々木君、これを読めばインターネットのことはだいたい全部わかるっていうホームページはないのか」と真顔で質問されたことがあります。「いやそんなものはないです、ただひたすらいろんなウェブサイトを渉猟していくことでしか全体像を知る方法はないのですよ」と答えたのですが、あまり納得されていないご様子でした。これは書籍も同じです。
加えて、「思考の土台や基礎」であっても、それが世界認識のためのものなのか、それとも個人の生き方のためのものなのかによって、読むべき書籍は変わってくるということもあります。世界認識のための本であれば、わたしがフリーになってからのこの20年余で読んだ本としてはネグリ=ハートの「<帝国>」とかウォーラーステインや見田宗介氏の著作群とか、最近だとデイヴィッド・グレーバーの「負債論」「万物の黎明」とかさまざまにありますが、ご質問ではこのような本を期待されているのではないようにも感じます。そもそもこれらの本はけっこう読み通すのがたいへんですし、一冊を読んだからといってすべてがわかるわけでもありません。
そこで今回のご質問は、個人の生き方をどう考えればいいか、その土台はどうすべきかという内容であると仮定してお答えしたいと思います。この方向にもたくさんの良書がありますが、わたしがこれまでの10年でいちばん支えとしてきたのは古代ギリシャ・ローマで生まれたストア哲学です。そしてストア哲学を学ぶために最も最適な本が一冊あります。ニューヨーク市立大学の哲学の先生が書いたこの本。
「迷いを断つためのストア哲学」(マッシモ・ピリウーチ、早川書房)
これをぜひ読んでみてください。社会との関係、他者との関係のとりかたが一新される感動がありますよ。