福島真人:我々の身の回りには定義が難しいが、重要性が極めて高い概念はいくらでもあり、その典型は右／左といった言葉です。我々はこれを難なく使えますが、では定義しろというと、辞書的には、例えば北を向いた時の東、とか書いてあります。しかしこれは東西南北を知っているという前提ですから、知らないと話にならない。 定義とは英語ではdefineといいますが、これは分離＋精密化の意味で、いわば人々が日常的にぼんやりと慣習的に使っている用法について、それの外枠を一時的にはっきりさせる、という意味です。つまりまず人々の言葉の現実の使用法があり、それを観察した上で、そこから特定の文脈（例えばある議論や論文で使用するとき）において、その使い方を限定するという行為です。例えば、文化という言葉はいろいろな意味がありますが、ある論文ではこれを「象徴の体系」と呼ぶことで、その使用法を一時的に制限するわけです。人々の現実の使用法が先ですから、それがお互いに矛盾していても問題ありません。 こうした矛盾の典型は、subjectという言葉で、主観・主体という意味と、臣下・隷属するの意味があり、矛盾してますが、これは歴史的に意味が変化してきたためです。(もともとは下に投げるの意味）。アルチュセールやフーコーといったフランスの哲学系では、この矛盾する語彙を利用して主体の隷属性についての哲学的議論／理論を展開してますが、日本語に訳すと分かりにくい。それはこの同じ語に矛盾する意味があるという点を前提にした哲学的議論だからです。ただこうした矛盾がいろいろな問題を引き起こすので、社会科学的には面白いわけです。