橋本 省二:場の量子論を学ぶのは長くて遠い道のりなんです。ディラック方程式から始まって、交換関係による場の量子化、相互作用を扱う摂動法、要領よく計算するためのファインマン・ルール、ループ計算と発散、くりこみ。ここまできてほっと息をつく暇もなく、非可換ゲージ場、経路積分、ゴースト、くりこみ群。ここまで一通り学んだら、ようやく基礎ができる。教科書はやたら分厚くてさらに先がある。一体どこまで勉強すればいいんだろう。底なし沼。そんな気持ちになるのは無理もありません。もう何十年も勉強している私でも、半分もわかった気がしないんです。
弱い相互作用は、非可換ゲージ理論でできています。対称性を決めれば相互作用が決まる。とても美しい理論です。ただし、左巻きの素粒子にしか働かないという妙なことになっています。これが曲者なんです。左巻き粒子をあらわす場に、対称性を課す。自動的に相互作用が決まる。そこまではいい。調子にのってファインマン・ルールを使っていろいろ計算してみる。それもいい。ループも計算してみる。発散するけど、くりこみ理論を適用する。OK。ところが、ある特別なループを計算すると、あれれ?
発散を吸収すべき項が見当たらない。どうなっているんだろう。よく調べてみると、ループを計算したあとでは、右巻きの粒子がないと発散を吸収できない。え!?
それじゃあ、一から出直し? そうです。左巻きだけの理論を作ろうにもうまくできない。このままでは弱い相互作用の理論は失敗です。
(こういうのを量子異常、あるいはアノマリーといいます。場の量子論の教科書の後半に出てくる重要な項目です。)
では、どうすればいい? 自然界の弱い相互作用はお手上げ?
いいえ、これが驚いたことに、この妙なループの発散は、電子とニュートリノ、アップクォーク、ダウンクォークを全部合わせると奇跡的に消えていることがわかります。電荷がうまく調整されているんです。クォークには3色の自由度がありますが、その3倍も含めないといけません。そこまで含めると消える。場の量子論を考えただけだとこの理論はだめなんだけど、現実の素粒子模型ではちゃんと生きている。問題ないんです。
ようやくご質問の答えに近づいてきました。素粒子の電荷の比が整数になっているのはなぜか。その理由は「わかりません」。でも、こうなってるおかげで弱い相互作用のゲージ理論は矛盾なく作ることができるのです。どうしてなんでしょうね?
想像をたくましくしてみましょう。こんな偶然はありえない。きっと何かつながりがあるはずだ。例えば、電子、ニュートリノとクォークはもともと同じ素粒子だったものが、何かのきっかけで分化したにすぎない。そんなことを考えたくなります。そう、大統一理論です。実験的な検証はされてないわけですけど、大統一理論はやっぱりあるんじゃないでしょうか。