皆川純:私も大学教員ですが、教員もそれぞれなので一般化は難しいと思います。ただ、現状で日本の大学教員は研究以外の用務（”雑用”と称しています、笑）の割合は大きいと考えていただいてよいでしょう。”雑用”の割合は、大学院生はほとんどなく、ポスドクは少し、助教になるとかなり増え、准教授はもっと増え、教授はとてもたくさんです。ただ、”雑用”に対する気構えについては考える余地はあるような印象を受けました。まず、”雑用”を拒否することは可能と思います。特にポスドクの場合は研究が主務なので、雑用は全くやらなくても構わないのではないでしょうか？　人間関係その他の理由で必要であると自分で判断してやるのは自由です。助教以上では、長い目で見れば研究を行うために必要であるという理由で雑用を行うのが普通です。研究費の申請や報告のために膨大な事務作業を行いますが、それはもちろん研究費が必要だからです。大学院生と一緒に研究をしたいのであれば、大学に籍をおき、むしろお願いして講義をさせてもらい学生さんに自分の研究を知ってもらいます。休暇を研究に当てなければならないということもありません。休暇に研究をする場合は、必要にかられて自分で判断してやることになります。たいていの場合、そうでもしないと競争に負けるからやることになります。競争に負けるとその研究を続けられないのです。平日の９時～５時で研究をして生きていけるのであれば休暇に研究をする必要はありません。そういうことを自分で決められるのが研究者です。

加納 学:日本の大学に関しては，少なくともこの30年間ほどの大きな流れとして，時間も資金も人材も余裕がなくなってきています．ただ，その欠乏の程度は，大学によって，部局によって，教員によって，様々だと思います．このため，質問者さんの疑問への回答も，恐らく回答者によって大きく異なると思います．そのことを認識していただいた上で，以下，国立・工学系の大学教員である私からの回答となります． ポスドクの間に研究以外のことに触れるのは確かに意義があると思います．しかし，ポスドクであれば，雇用時に職務として研究すること（だけ）を求められたのではないですか．将来，大学教員になりたいのであれば，教育歴はプラスに評価されるので，ある程度教育には携わっておいてよいと思いますが，自分自身の研究に関わるものでない事務作業をする必要はないでしょう．やらされているとしたら，研究室の運営に問題があると思います． 教員になると，助教，准教授，教授と職階があがるに従い，研究に割ける時間が短くなるのが一般的だと思います．自分に近いところでは，組織運営に関わる仕事は，できるだけ助教には振らないようにしています．さすがに，大学や大学院の入学試験については，試験監督を担当しますが，組織内の委員会委員などは教授や准教授が担当します．若手が研究に没頭できる環境を用意することは年長者の使命だと思います．また，業務量の多い役はなるべく教授が引き受けるようになっています．そのため，教授の研究以外の仕事は多いです．自分が教授になったとき，「仕事が多すぎて研究できないだろ．これでいいのか」と思いました．ということは，准教授のときには存分に研究できる環境を与えてもらっていたということでもあります．このため，自分が助手（今の助教）や准教授のときのボスにはとても感謝しています． マルチタスクという観点では，研究の他に，授業や事務作業を挙げておられますが，それ以外に，学会の用務が増えてきます．学会内の委員会等の運営や，セミナーや講演会などの運営や，学会誌や論文誌の編集など色々とあります．もちろん，国内だけでなく，国際的な学会やジャーナルに関わる仕事もあります．これらに割く労力も少なくありません． 研究以外のことに割く時間が増えてくると，平日の昼間は会議だらけで研究する時間はないという状況にもなるため，平日夕方以降や休日に研究するということにもなります．ただ，かなりの研究者がそうであるような気はしますが，私も，大学院生時代や若手教員時代から休日にも研究することが多かったので，苦にはなりません．研究していると楽しいですから． 休暇を研究に充てることは必須ではないと思います．しっかり休暇を取って，家族と一緒の時間を楽しむのもとても大切だと思います．メリハリをつけるのがよいのではないでしょうか．中途半端にずるずると仕事をするのではなく，休むときは休むと決めて一切仕事しないというのもよいでしょう．なお，国内だけでなく海外の研究者も無茶苦茶仕事しています．凄まじいですよ．ただ，日本の大学教員に比べると，研究と教育以外のことはスタッフに任せられるようになっています．そういう面での余裕も日本ではなくなってしまいました． もし仕事として研究がしたいということでしたら，大学だけでなく，国立研究所や企業の基礎研究所なども視野に入れてもいいかもしれません．

横田有為:実際に私も博士課程からアカデミックの道に進む際に、同じような業務に関する不安は抱えていました。既に論文作成以外のエフォートが増えてきているとのことですが、大学教員を務める上でのマルチタスクは当然ながら要求されます。その時のポジションにもよりますが、ご質問にあるように研究以外にも、事務作業や授業・学生指導、研究室マネジメント、プロジェクト運営、学会運営、所属機関の各種担当などの様々な業務が、大学教員には日々求められています。どの業務がどのぐらいの割合になるかは各教員のポジションや専門に大きく左右されると思いますので一概には言えませんが、下記リンク先に文部科学省の調査結果が掲載されているので参考にしてください。 「大学等におけるフルタイム換算データに関する調査　報告書」について https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/31/06/1418365.htm こちらのデータから、大学教員の全てのポジションにおいて、2002年と比べて徐々に研究に割り当てられる時間が少なくなってきており、教育や社会サービス活動の業務割合が増えていることが分かります。 ただ、このようなマイナスの情報ばかりではなく、最近では大学教員の業務割合の改善に関する流れが起こってきています。日本の大学教員の業務における事務作業の割合が、海外の研究者と比べて多すぎるといった指摘があり、最近の日本の研究力低下と合わせて、何とかこの状況を改善しないといけないといった議論が起こっています。 その中で、新たに導入されているのが「バイアウト」制度です。 このバイアウト制度は、「大学教員の業務のうち研究以外の業務（教育活動や事務作業など）の代行にかかる経費を研究費から支出可能とする制度」のことです。つまり、大学教員の中で研究業務の割合を増やしたい人は、自身の研究費から研究以外の業務を代行する人を雇ってもいいことになりました。 https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/torikumi/1385716_00003.htm ノーベル賞の対象となった研究に関する調査で、その研究成果が得られた時の研究者の年齢が平均40歳前後であるといった報告も最近注目されており、現在では助教や准教授等の若手研究者の研究時間をいかに確保するかといった課題が、大学内でも議論されています。 https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2013/02/19/1331061_015.pdf 残念ながら、その変化はゆっくりとしたものかもしれませんが、少しずつ改善に向かっていることは確かだと思います。 最後に休暇中の研究活動ですが、私は比較的自分自身でスケジュールをコントロールできる研究内容ですので、やりたい時にやるといった感じでしょうか。私自身は、休暇はしっかり休むなりプライベートを充実させた上で、平日に万全の体調で研究活動する方が効率的だと思っています。コロナ禍で進んだ大学内のデジタル化やリモートワーク化によって、自宅での作業やオンライン会議が可能となりましたので、バイアウト制度などと合わせて、うまく自身の時間を使って効率的な業務の実施を行うことが、自身のプライベート時間を確保するために重要です。

高橋賢:他の先生方も仰っているように専門や大学の置かれている立場等は様々ですので，国立大学の社会科学系教員としてお話しします。 結論から言うと，研究以外の仕事（雑用と呼んでいます）はとても多いです。国立大学は法人化後毎年国からの運営交付金を減らされているので，慢性的な財政難です。そのため，事務職員のリストラ，新規教員の採用の凍結などで人材が不足しています。事務職員が減る，ということは，今まで教員がサポートしてもらっていた仕事がなくなる，ということですから，教員自らいろいろな事務仕事をやらなければなりません。また，教員の数も減ってきているので，学内で割り当てられる学内運営の委員の数も，1人当たりでは増えています。 また，入試制度が多様になってきたため，様々な入試業務をこなさなければなりません。在籍している学生のケアも昔に比べればいろいろと難しい局面が多く，これにも時間を費やされます。 というわけで，研究に純粋に割ける時間は少ないです。おそらく，第一線で活躍されている先生方には2つのタイプがいると思います。ひとつは，周りの評判を気にせずにこれらの雑用を周りに押しつけて一切やらずに研究に没頭しているタイプです。ひまひとつは，雑用をこなしつつ，睡眠時間を削る・休暇は取らない，といったことで研究の時間を捻出している，というタイプです。こんなことで日本の学術の将来はどうなっていくのかと憂慮しています。

Tomyuki Yokota:既にいろいろな方がお答えしているかと思いますが、大学教員になると研究以外のウエイトはどうしても発生してしまいます。1つは、教育機関としての役割を果たすための教育(講義)があげられるかと思います。そのほかの学務としては、自分の所属する専攻やセンターの運営などがあげられます。また、大学以外の仕事としては学会の運営や委員などがあげられるかと思います。それ以外としては、研究室を運営していくための研究費関連の書類などがあげられます。 この辺りと研究をどのくらいの割合でこなすかは人によって異なってくると思います。私の周りなどを見てみますと、職が上がっていくにつれて研究の割合が大きく減っている傾向があるように思います。教授の先生を見てみると、自分自身で手を動かして研究をしている人というのは非常に少ないのではないかと思います。 この辺りは、人それぞれの考え方であると思いますが、一度自分で手を動かさなくなってしまいますと、中々現場レベルに戻ってくるのは難しいように思います。私自身は研究が好きですので、自分でデバイスを作製して、評価などもまだ行っております。ただ最近では、1週間の中で2，3割の時間が取れれば良いほうかと思います。