小川 亮:質問者さんの質問はやや論点の先取りになってしまっているように思います。哲学では、ある問題が「答えのない問題」であるかどうかも、研究の対象になります。
例えば、道徳哲学や倫理学と呼ばれる分野では、善悪の判断基準や、正義とは何か、といったことを考察します。したがって、これらの分野では、これらの問題には答えがあることを前提としているように思えます。
しかし、本当にこれらの問題には答えがあるのでしょうか? 答えがもしないとすれば、道徳哲学や倫理学はなにを議論しているのでしょうか?
これを検討するのはメタ倫理学という哲学の分野です。漫画でメタ的表現といえば、漫画のキャラクターが、自分が漫画のキャラであることを認識した上での表現を指すことがありますが、それと同様に、倫理学の一つ上の次元から倫理学を考察するのでメタ倫理学です。
倫理学が議論している問題について答えが存在するかというメタ的問題は、メタ倫理学の主要な論題です。このメタ的問題に対しては、色々な回答が主張されています。一方では、個々人の考えから完全に独立した答えが客観的・普遍的に存在するという(強い)実在論と呼ばれる立場が主張されています。他方では、本当は客観的・普遍的な答えはなくてみんな答えがあるかのように錯覚しているので議論(めいたもの)をしているだけなのだ、という錯誤論も存在します。
このように、本当に答えのない問題なのか?を含めて考え抜くのが哲学ということになります。