Issei Suzuki:ギフテッド、かつ日本語・ドイツ語バイリンガルの子供を海外で育てている者です。
ギフテッド児とは何か?
質問していただいた事に答える前に、まずギフテッド児とは何か、具体的にどのような子供なのかについて理解していただく必要があると感じたので、そこから話を始めます。
ギフテッド(英: gifted, 独: hochbegabt) は医学用語ではなく、厳密な定義はありませんが、全米小児ギフテッド協会 (National
Association for Gifted Children: NAGC) では次のように定義しています (*1)。
> Students with gifts and talents perform - or have the capability to perform -
> at higher levels compared to others of the same age, experience, and
> environment in one or more domains.
>
> (私訳)ギフテッドもしくはタレンテッドの生徒は、1つもしくは複数の領域において、同じ年齢、経験、環境にある他の人と比較して高いレベルで能力を発揮する、もしくはその潜在能力を持つ
文部省の「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」の論点整理には、次のように記述があります。
> このアンケート調査においては、「特異な才能のある児童生徒」を、同年齢の児童生徒の中で、知能や創造性、芸術、運動、特定の学問の能力(教科ごとの学力等)等において一定以上の能力を示す者とし、ここには特異な才能と学習困難を合わせ有するいわゆる
> 2E の児童生徒等も対象に含めた。
以上の定義を見ると、いわゆる世間一般で広まっている「ギフテッド」のステレオタイプと大きく異なることが3点あります。
* 知能に限らず、創造性、芸術、運動などの何らかの分野も対象である。
* 複数分野で高い能力を発揮する(もしくは潜在能力を持つ)必要はなく、単一分野のみでも構わない。
* 顕在化している能力だけでなく、潜在能力がある場合も含む。
ギフテッド児というと、たとえば小学生にして複数の外国語を話したり高校数学の問題を解いたりする子供が想像されますが、実際には複数分野(この場合には言語能力と空間認識能力など)で高い能力を発揮するとは限らず、一分野は飛び抜けているものの他は普通、あるいは通常以下というケースもあります。
特に「知能」にテーマを絞ると、多くの場合、IQテスト (*3)
のいずれかの分野で上位1〜3%に入ることがギフテッドの一つの目安となります(ただし、それだけではなく総合的な評価が求められます)。ただし能力が顕在化しているとは限らず、知能検査では高いIQ値を示すにも関わらず(もしくは、それゆえに)学校の授業では問題行動が多く、評点が低い子供もいます。
ギフテッド児に対する支援
ギフテッド児に対する支援を考える場合、まずギフテッド児がそれ以外の子供と異なる理由を理解した上で、ギフテッド児が直面する困難と、それを克服するために必要とするものを考える必要があります。
「ギフテッド その誤診と重複診断」(*4) では「ギフテッド時や成人ギフテッドにほぼ普遍的に見られる特性は、激しさである」(p.26)
とし、ポーランドの精神科医である Kasimierz Dabrowski による研究を紹介しています。彼の研究のひとつに過興奮性 (OE;
Overexcitability) という概念があり、ギフテッドでは次の5つの分野の1つ以上で、過興奮性が生じているとされています。
* 知的過興奮性
* 想像の過興奮性
* 感情の過興奮性
* 精神運動の過興奮性
* 感覚の過興奮性
詳しくは書籍に当たっていただきたいのですが、たとえば知的過興奮性を示す人間は、非常に思考が活発で、知識と理解を求め、真実を探し、問題を解決しようと猛進します。本を貪るように読み、猛烈な好奇心から矢継ぎ早に質問を繰り出します。これは本人が意識的に行っていることではなく、生まれながらの特性です。
本人の興味が学校の教科と一致すると、傍から見ると全く勉強していないのに、テストでは毎回満点という結果になることもあります。一方で授業の進度はギフテッド児にとっては極めて遅く、授業の大半は同級生が理解するのを待つことになります。暇を持て余したり、場合によってはクラスで問題行動を起こすことになります。
たとえば大人が小学生の授業に迷い込んでしまい、九九の計算問題を延々と解かされる事態を想像してみてください。先生に問題が簡単すぎると訴えても、先生は「授業をさぼるのは許しません。座って大人しく授業を聞いて、提出された課題は全部解いて提出しなさい」と頭ごなしに叱られ、分かりきった話をじっと聞き、分かり切った問題を延々と解くことを強制されます。こうなると無気力になってただ時間が経過するのを待つようになるか、授業に飽きて隣の子供にちょっかいを出すなどの問題行動を起こすことは、容易に想像できると思います。
高い潜在能力を持つ生徒であっても、このような経験が続くと授業への参加を拒むようになり、学業成績は並以下になることもあります。
学校現場では、ギフテッド児は「素晴らしい学業成績の子供」という形ではなく、全く逆の経緯から発見されることもあります。たとえば私の子供の場合、小学校で宿題をやっていかない、授業中に机の下に入って先生の言うことに耳をふさぐなどの問題行動があり、小学校が手配した心理学士に調べてもらったところギフテッドだと判定されました。
心理学士の検査を受ける前は、私も小学校も子供が何らかの障害を持っている可能性を考えていたのですが、実際には高い潜在能力故に授業に退屈していたのが問題行動の原因だったわけです。ただし子供は全分野で高い知能を記録したわけではなく、知能検査で数学に関連する一部分野では上位0.1%に入る点数をマークする一方で、言語関連の指標は平均でした。
支援策としては、能力に応じたレベルの課題を与えて飽きさせることなく能力を伸ばしていくのが理想なのですが、教育現場で現実に行える施策に落とし込もうとすると、なかなか難しいのが現実のようです。全方位で高い能力が顕在化している場合は飛び級という選択肢もありますが、たとえば数学は年齢相応の学年よりも数年上の能力があるが、国語は年齢相応となると飛び級させるわけにはいきませんし、数学の授業だけ上の学年のクラスに参加させるのも時間割の都合などで現実的ではありません。
私の子供が通っている学校では、私の子供は同学年のクラスに留らせつつ、授業中に簡単な問題はスキップすることを許可して
(Compacting)、余った時間でより高度な問題に取り組ませる (Enrichment) という施策をとっています
(*5)。教員には負担が増えますし、子供にとっても100%満足を得られる状況ではないですが、問題行動は少なくはなりました。
また社会性を育てるという観点では、同年代の子どもたちと同じクラスで学ぶことはプラスだと思います。ギフテッド児といってもある分野で能力が高いだけで、情緒面などは年齢相応なので、たとえば小学生のうちから高校クラスに編入させるというような措置は、別の問題を引き起こす可能性があります。
(*1)
https://cdn.ymaws.com/nagc.org/resource/resmgr/knowledge-center/position-statements/a_definition_of_giftedness_t.pdf
(*2) https://www.mext.go.jp/content/20220928-mxt_kyoiku02_000016594_03.pdf
(*3) WISC-V 知能検査など
https://www.nichibun.co.jp/seek/kensa/wisc5.html
(*4) 「ギフテッド その誤診と重複診断」 J. T. Webb, E. R. Amend, 他著(北大路書房)
(*5) Kanton Zürich - Begabtenförderung
https://www.zh.ch/de/bildung/schulen/volksschule/volksschule-besonderer-bildungsbedarf/volksschule-begabtenfoerderung.html
ページの下の方に Elterninformation Begabtenförderung
のダウンロードリンクがありますが、ここには英語版もあります。ギフテッドとは何か、スイスのチューリッヒ州の公立校ではどのような対応がとられているかについてコンパクトにまとまっています。