橋本 省二:物理学を学んでいくと得られる感動はいくつもありますが、一つのクライマックスはディラック方程式でしょうね。量子論と相対論を組み合わせようといろんな人が苦労していたところに登場し、アクロバット的な数学で問題を解決しただけでなく、そこには自然に電子のスピンが含まれ、磁気能率もばっちり出てくる。返す刀で反粒子の存在まで予言してしまったのです。これ以上ないくらいシンプルな方程式一つで。
これをしみじみと味わうには、やはりちゃんと学んで方程式を解いてみる必要があります。スピンがどう出てくるのか、磁気能率はどうなるのか。学生さんにはぜひそこまで楽しんでみていただきたいです。でも今回のご質問は反粒子についてでしたね。できるだけシンプルに考えてみましょう。
特殊相対性理論は、座標変換をしても方程式の形が変わらないことを要求します。空間回転なら、座標の2乗の和 x^2+y^2+z^2 は x, y, z
の座標を回転しても変わらないというだけです。(山印 ^2 は2乗という意味です。LaTeX
の記法です。)だって長さの2乗ですからね。三平方の定理です。相対論ではこの座標変換に時間も含めることになります。でももう数式はやめましょうか。とにかく座標の2乗が出てくることを覚えておきましょう。
一方の量子論は波の理論です。これを考えるためにフーリエ変換して波数の空間に移ると、座標は波数(あるいは運動量)、時間は振動数(あるいはエネルギー)に移されます。ここでもう一度、相対論に登場してもらいましょう。やはり座標変換に対して方程式が変わらないことが要求されます。そうすると、エネルギーの2乗に関する方程式が出てきちゃうんですね。アインシュタインの
E = mc^2 は、正しくはその2乗 E^2 = (mc^2)^2 なんです。
だからどうした? でもこれは大違いなんです。中学の数学で学んだように、この方程式には2つ解があります。 E = mc^2 と E = −mc^2
。プラスとマイナスですね。どうしても両方出てきちゃう。片方をとって片方を捨てるとテストでバツをもらいますよね。ここがミソです。この一つが粒子、もう一つが反粒子に対応するわけです。
負のエネルギー?
そんなものどうするんだ。電子はすぐにマイナス無限大のエネルギーに落ちてしまうじゃないか。そんな疑問も生まれます。ディラックは苦しまぎれに、負のエネルギー状態はすでに埋まっていて(パウリの排他率のおかげで)実際には落ちていかない、とかいう話を持ち出しました(「ディラックの海」と呼ばれます)。そんなわけないですよね。空間が電荷だらけになっちゃうし。でも、場の量子論まで進めば大丈夫。この問題は解消して、粒子と反粒子が対等なものとして存在することになるのです。