橋本 省二:高校物理の最後くらいに出てきた陰極線の実験というのを覚えていますか?
ガラス管のなかを飛ぶ謎の粒子(=電子)の正体を調べる実験です。あれを高校物理の一番初めにやってはどうかと思うんですよね。真空とか電子とか磁場とか、いろんなテーマをぎゅっと詰め込んだような実験で、いろんな概念の導入にぴったりだと思うんですけど。現状の教科書で最初に出てくる実験は、紙テープを引っ張る台車が坂を転げ落ちるやつです。正直言ってあれではワクワク感は何も湧いてこないと思うんですよね。スマホの時代なのに。
陰極線の実験では、真空管の中を飛ぶ電子に電極を近づけて曲げたり、磁石で曲げたりして遊びます、いや調べます。電場のなかを通して曲げるのは、片方の電極に引っ張られるだけなのに対して、磁場のなかを走るときは磁場と垂直の方向に曲がります。しかも電子の速度に比例して力が強くなります(ローレンツ力)。この様子を比較すると、電子の速度が決まりますね。一方で、電子のエネルギーは電子を発射する電子銃にあたえた電圧で決まりますから。さっきの速度と組み合わせると質量がわかる。そういう仕組みです。これなら高校の理科室でもできそうです。
現代の大規模な素粒子実験でも基本的な原理はそれほど変わりません。エネルギーが高いので相対論を使わないといけないとか、強い磁場が必要になるとか、そういう違いはありますが、磁場のなかを走らせて曲がり具合を測定するところは同じです。エネルギーを測るために、最終的に粒子を物質中に止めて落としたエネルギーをかき集めて測るということも行われますね。
もし関心があったら、ワインバーグ『電子と原子核の発見』(ちくま学芸文庫)をぜひ。発見の過程を追体験できて楽しいですよ。
現代の素粒子の測定器はやたらでっかいのをご存知ですか?
3階建てのビルくらいとか、もっと大きいものもあります。できるだけ強い磁場を作っても、あまりに高エネルギーの粒子はそれほど曲がってくれません。曲がりを測定するには距離で稼がないと仕方ないんですね。