矢代 航(Wataru Yashiro):X線をリソグラフィに活用することは可能です。リソグラフィで加工できる最小サイズは使用する光の波長で決まっていて、歴史的には、使用する光の短波長化によって、加工パターンの微細化、延いては半導体デバイスの高集積度化が進められてきました。現在では、UV光よりもさらに波長の短いEUV光を将来的に使用することも検討されています。そのように考えると、X線の波長はEUV光よりもはるかに短いため、例えば1Åの波長のX線を用いれば原子スケールの加工も夢ではない、という想像も膨らみますよね。
しかしながら、現時点においては、X線リソグラフィによる加工サイズの限界はサブμm程度です。その理由は、X線と物質との相互作用が小さいことにあります。すなわち、X線が透過しないような十分に厚い(μmオーダーの厚さの)マスクパターンの作製が必要なため、μmオーダーの厚さのマスクパターンをどこまで微細化できるか、で限界が決まっています。μmオーダーという厚さは、半導体プロセス技術の分野では「クレイジー」な厚さで、例えば、面内方向には10
nmの精度で自由にパターンを作製し、かつ、厚さをμmオーダーにする技術は存在しません。このような、面内方向には微細で、かつ、厚さ方向には厚い構造を「高アスペクト比構造」といいますが、一言で言えば、高アスペクト比構造の作製技術の限界が、X線リソグラフィの加工限界を決めています。
具体例として、まずUVリソグラフィとメッキにより、面内方向の寸法精度サブμm程度、厚さ数μm程度の金(Au)のマスクパターンを作製し、波長1
nm前後の比較的波長の長いX線(軟X線)を照射してマスクパターンをレジストに転写します。マスクパターンに金が用いられるのは、原子番号の大きい元素ほどX線の吸収が大きく、かつメッキ技術が確立されているためです。なお、X線領域ではレジストの感度も一般に小さいため、強力なX線を発生できる放射光施設が用いられます(2021年には、実験室のX線源を用いて2日以上の露光によるX線リソグラフィも報告されています(https://www.spiedigitallibrary.org/journals/journal-of-micro-nanopatterning-materials-and-metrology/volume-20/issue-4/043801/Fabrication-of-x-ray-absorption-gratings-via-deep-x-ray/10.1117/1.JMM.20.4.043801.short?SSO=1)。
まとめると、デメリットは、面内の加工精度がサブμm程度であること、高コストの放射光施設を用いないと極めて長い露光時間が必要であることです。一方、メリットとしては、マスクを透過したX線は高い直進性を有するため、マスクに垂直な方向にまっすぐにパターンが転写できることです(例えば、https://www.asicon-tokyo.com/x-ray-liga.php)。X線の高い直進性も、X線と物質との相互作用が小さいことに起因しています。すなわち、X線に対する物質の屈折率はほとんど1で、可視光のように大きく屈折されることはありません。なお、マスクパターンのサイズがサブμm程度であれば、X線の波長よりもはるかに大きいため、回折の効果も無視できます。
最後に、以上の話は、原理的な限界ではなく、技術的な限界であり、現時点においてどこまでできているか、についてまとめた点だけ強調したいと思います。将来的に画期的な方法や材料などが開発されて、夢のような微細加工が実現できたらよいですね。