堀田隆一:言語に関する質問ですが,私自身の専門(英語史)からは離れる問題と思われ,有意義な回答ができるか自信はないのですが,たいへんおもしろい話題として受け取りました.
まず,質問の趣旨についてです.「各言語の発声法と声の高さには関係があるのでしょうか」という質問ですが,「声の高さ」は(音響音声学上の)周波数,あるいは(聴覚音声学上の)ピッチのことかと思われ,これは理解できます.しかし,「発声法」という表現がややフワっとしており,具体的に何を指しているのか,回答者にはよく分かっていません.
ただ,質問者は日本語と英語を話すときの違いに触れていますので,それぞれの言語に特有の音素(配列)や韻律(強勢,リズム,イントネーション,音調,テンポ)といった発音上の特徴を広く緩く指しているのかとは想像されます.もしそういうことだとすると,広い意味の「発声法」のなかに「声の高さ」も含まれる可能性があり,両者は「包含関係」にあることは自明なので,両者の「関係」や「メカニズム」が何かという問いに答えにくくなります.「包含関係である」という味も素っ気もない答えとなってしまうからです.
言語間に発音特徴としての「声の高さ」の違いがどれだけあるのかについて,回答者は不案内です,言語を問わず,ヒトという種として「声の高さ」に関与する調音器官の形状はほぼ一定であり,男女間,子供・成人間に変異があることは事実にせよ,その変異の幅も一定の範囲におさまるでしょう.言語変種によって,平均的にいって異なる「声の高さ」が用いられる傾向があると判明するにせよ,それが生物学・人類学的に規定されているものとは考えにくいのではないかと思います.
ただし,音調やイントネーションを豊富に利用する言語においては,そうでない言語に比べてピッチの幅が大きくなるため,全体として聴覚印象としては「声が高い」と認識されることなどはあるかと思われます.声の高さの聴覚印象は,ほかにも声の大きさテンポなどの諸要因と複雑に絡み合うとされ,客観的測定もなかなか難しいのではないかと思われます.これについては,回答者も韻律の類型論や聴覚音声学の専門家の方に伺いたいところです.参考までに,回答者による「#4681.
言語音の周波数とピッチの関係」もご覧ください.
さて,上記を踏まえた上で,まだ言語変種別に「声の高さ」の違いがあるとすれば,それはおそらく社会的な要因によるものと考えます.質問者は日本語で話すときよりも英語で話すときは声が低くなると述べられていますが,私自身は内省してみてそのような傾向はないように思われます(ただ,客観的に聞いてみると英語を話すときのほうが低かったりするのかもしれませんし,この辺りはあくまで主観です).
そこで参考になるのは,イギリス上流階級に典型的とされてきた容認発音 (Received Pronunciation) です.RP
は意図的に低めの声で発音されるという事実があります.もっといえば,RP
話者は,威信を醸すべくそのように低い声で話すことを教育されているということです.ここでは,話者個人が,声の高さというパラ言語的な特徴を,個人の社会的所属を積極的あるいは消極的に示すマーカーとして利用しているということになります.
まとめれば,質問されている言語ごとの「声の高さ」は,もしかすると言語ごとに固有のもの(ピッチの平均値のようなもの?)があるのかもしれません.これについては韻律の類型論の分野の専門家の意見を待ちたいところです.しかし,少なくとも部分的には,そこに社会的な要因が関与しているだろうことは,RP
の例からも推し量ることができます.