畑中雅美:これは凄いな…。起こっていることだけを抽出して考えると全く共感できない考え方なのに、あなたの文章を読んで、悲しさや悔しさにすっかり共感してしまいました。 特別な言葉や、大げさに書きたてるわけでもないのに、気持ちが伝わる。 素敵な才能ですね。 ぜひ漫画を描いて欲しいです。 漫画を描いて欲しいから、これから嫌なことを書きます。 が、もしここまで読んで既に漫画を描く気になれたなら、むしろ読まないでください。 さて。 私が「全く共感できない考え方」と思う理由をまずは説明していきます。 ”【ネタ被りで落ちてしまったこと】自体は仕方がないのですが” とのことで、このこと自体には納得していると。 その後起こることで”もう編集さんと漫画を作るの嫌だな、怖いな”と思っていくわけですが、 さて、担当者のやったことを書き出してみますね。 ”そのネームに対して「とても良いと思います！！」と言っていた” ”コンペでの評価は本当に良かったと伝えられたこと” それを聞いてあなたは、 ”他のコンペやアプリ媒体にスライドして提出できないか？” と提案。 担当者は ”あまり乗り気ではなかった” ”新しいコンペの話などをされ” たとのこと。 これに対してあなたは ”『あれ…この人このネーム面白いって言ってなかったか…？』というもやもやした気持ちを抱いてしまい””全く前向きになれず、そのままその担当さんとはやりとりを辞めてしまいました” ということなんですが… つまり、担当者にもやもやした理由というのは、「あなたの他のコンペやアプリに媒体にスライドして提出できないか？」という提案に乗り気ではなく、新しいコンペの話をされた、ということですよね。 「他のコンペ」と「新しいコンペ」が、あなたの認識と違うことから、 つまり「新しいコンペ」とは、この担当者が所属している媒体の定例のコンペという意味ですよね。 となると必然的に「他のコンペ」とは、「他媒体のコンペ」という意味になりますよね？ 「他媒体」というのは言い過ぎな可能性があるか…。 「本誌コンペ」ではなく「増刊コンペ」という可能性も一応あるかもしれません。 どちらにしろ、あなたの提案というのは、担当編集者が就いているメイン業務外の媒体に載せては？という提案ということですよね。 たとえば私がもしあなたの担当者だとすると、 小学館のCheese!編集部のコンペに参加したが、ネタ被りで落ちてしまった。 で、担当者としては当然Cheese!で連載してもらうために打ち合わせをしているので、どうにか出来る方法はないかと相談しますよね？ それに対して、「いや、あなたこのネーム面白いと言ってたんだから、たとえばこれをスピリッツとか他の雑誌のコンペに出すのは可能か？　マンガワンで連載するのはどうか？」と提案されて、「いや、Cheese!で描いて欲しい」というのは、熱量がないからではなく、あなたと仕事をしたいからですよね？ あなたにとって一番大事なことは「面白いと言われた漫画をそのまま描くこと」だった。 でも担当者にとって一番大事なことは「あなたという作家さんに、自分が所属している媒体で描いてもらうこと」だった。 これが、あなたからするとショックで編集者不信になるような体験だったとすると、正直エキセントリックでは？と思います。 あなたが描きたいものを描くために他の媒体に行くことを決断すること自体はいいです！もちろん！！ でも、この担当者が自分の所属してる媒体にあなたを引き留めようとすることの、一体なにがそんなに嫌だったんですか？ この世の全てにおいて通じる話かと思いますが、人はどの立場から物を見ているかで正義や価値観が変わります。 相手の立場でものを考える、ということを少しぐらいはしてあげても良くないですか？ 編集者の立場で見ると、担当者の言動は全て「あなたという作家を大事に思っている」から起こる行動です。 あなたのことをどうでもいい作家だとか、面倒くさいとか思っていたら、さっさと別媒体を紹介してたと思いますよ。 あなたを才能ある作家さんだと思って、これからも一緒に仕事をしたくて引き留めてただけじゃないですか。 「引き留めてもらったのは嬉しいけど、私はこの作品をこのまま描くことの方が大事だから、やはり別媒体へ行きます」 となぜ思えなかったのか…。 なぜ、 ”もう編集さんと漫画を作るの嫌だな、怖いな、でも『こんなことで漫画を嫌いになりたくないな』とずっと思っていて、結局描くことを辞められずに現在は趣味で漫画を描いています” となってしまうのでしょうか？ エキセントリックすぎませんか？ 情けは人の為ならず己が心の慰めと知れといいますが、他人への思いやりをもう少し持った方が、あなた自身も傷つかずに済むと思うのですが…。 これが、私が「全く共感できない考え方」と思う理由です。 が。 さて。 既に長いのですが、ここからが謎解きの本題です。 本当にあなたは、自分のことしか考えないような方なんでしょうか？ 気になるのが、”ですが商業漫画の世界ではよくあることなのかもな…と色々な人の話を聞いて感じています”という部分です。 つまり、あなたはこの話を色々な人にしては、「そんなことで？」という反応を受けて来たってことですよね？ だから、私が長々書いてきたようなことは、きっと既に誰かに言われているかと。 それにも納得できず、ずっと”怖いな”とか”気持ちがまだ追い付かず”という状態が続いている。 …とすると、おそらくですが、あなたがショックを受けている本当の原因は、担当者ではないんじゃないですか？ 担当者の対応にショックを受けた…！と商業誌を去ったわけですが、上述の通り、実際にはそこまでショックを受けるほどのことは起こってません。 でも、私目線では、もの凄く嫌なことが一個だけ確実に起こっています。 それは、あなたが文頭で”仕方がないのですが”と納得してみせた、【ネタ被りで落ちてしまったこと】です。 他に提出されたネームとネタが被った、とありますが、つまり、「同じネタ」のネームが２つあった時、片方が選ばれ、あなたの作品は選ばれなかった。 同じネタなのに、もう一個の方が面白かったと判断されたわけです。 時系列的に、その作品は当然既に発表済みかと思います。 あなたは読んだんじゃないですか？　読んでないにしても評判は耳にしたのかな…。 「私の方が面白かったのに、どうしてこっちが選ばれたのか？おかしい」とは思わなかった。 思ったかもしれないけど、言える雰囲気ではなかった。 ”【ネタ被りで落ちてしまったこと】自体は仕方がない”と思う方が、心が穏やかになれたんじゃないですか？ 比べられて落とされたという事実は、見て見ぬふりをして封印した。 そういう目線であなたの文章を読み返すと、”『あれ…この人このネーム面白いって言ってなかったか…？』というもやもやした気持ち”という部分が気になってきます。 あなたは担当者に「あなたの作品の方が面白かった！あなたの作品が選ばれるべきだった！」と言って欲しかったんじゃないですか？ 担当者に「この作品が落ちるなんて信じられない！　こうなったらこんな編集部こっちから捨てて別媒体に行ってやりましょう！！」って言って欲しかった。 でも、違った。 担当者は、もう一つの漫画の方が面白かった、という事実を受け入れていた。 あなたのネームには足りない部分があると、同じネタをもっと面白く使っているネームを読んだことで気づいて、修正すべき部分はあると言ってきた。 そのことに、凄くショックを受けたんじゃないですか？ 怖くなってしまった。 面白いと言ってたじゃない！と。なんで他の作品を読んだら、その気持ちが嘘だったみたいになるの？？と。 じゃあ、これから何を信じて書けばいいの？ この世にはもっと面白い作品があるかもと考え始めたら、描く手が止まってしまう…！！ 本当はそんな風に感じてるのに、「ネタ被りは仕方がない」と受け止めて気持ちを封印しまったことで、担当に対するモヤモヤした怒り、みたいな漠然としたものに変化してしまったのでは？ 実体がない怒りや悲しみほど、解決方法がありません。 なにせ、そこが解決したところで、本当の怒りや悲しみは癒えてないからです。 「担当者が他のアプリを紹介しなかったのはあなたと仕事を続けたかったからでは？」と言われても、もやもやが収まらないのはそういう理由では？ …あなたは、漫画がとても好きなんだと思います。 商業の世界で漫画を描いていて、他の作家さんや、他の作品を憎みだしてしまう方が少なからずいらっしゃいます。 それは、凄くご本人にとって辛そうで、見ていて居た堪れなくなります。 だって、元々漫画家になるぐらい漫画が好きだった人が、自分と同じような作風…つまり好きな作風の作品を描いてくれる人が憎く感じるって…地獄ですよね。 誰よりその人の作品を読みたい人だろうに。 あなたは、作者や作品を絶対に嫌いたくなかったんじゃないですか？ ”『こんなことで漫画を嫌いになりたくないな』とずっと思っていて”という言葉は、絶対にあなたの本心だと思います。 さて。 じゃあ、どうすればいいか、なんですけどね。 引き続き、担当者のことを恨んでください。 それが一番平和かと。 良いんですよ、編集者にイライラする時があっても。 自覚だけは必ずしておいて欲しいですが。 「私は、漫画のことで精神的になにか来ると、担当者を憎む方向で不満を発散するタイプなんだなぁ」と。 「たぶん別のことで本当はイライラしてるんだろうけど、そっちを真剣に考え始めると沼に落ちて描けなくなるから、許して！！」って堂々と言えばいいんですよ。 そしたら、こっちも受け止めますから。 言って貰えないと、良かれと思って本気で反論し始めたりしちゃうんでね、必ず言ってください。 以前、ある作家さんに「お願い、論破しないで」と泣かれたことがあって、それは本当に反省しています。 色んな不満を投げかけられて、どう考えてもクレーマーというか、理不尽なことばかり言われたので、きっちり一個一個、それがなぜ無理筋な不満か…ってことを潰していったのですが、そもそも全ての不満は本当に解決して欲しいことなどではなくて、ただ私に何でもいいから文句を言いたかっただけだったんですよ。 文句を無理やり探そうとするから、おかしな文句をどんどん持ってきてしまってたけど、要はストレス発散で、誰かに色々言いたかっただけだった。 なぜなら、文句を言えないことで、傷ついてるから。 自分より売れてる作家さんがいるとか。 自分より上手い人がいるとか。 そんな当たり前のことに対して文句なんてとても言えないけど、でも、たまに、無性にそれが辛く感じたり、怖くなる時がある。 泣きたくなる時がある。 そういう日がね、あってもいいんですよ。 他に売れてる人や上手い人がいる事実を受け止めてるからこそ、感情の逃げ場がなくなって、担当者にイラついてしまう。 そんな日があってもいい。 あってもいいんだけど、自覚はしておいてくれないと、関係が壊れてしまうんでね。 だから、今後もたまに編集者にイラつくことはあるでしょうけど、それをね、商業から離れる理由にしないで欲しいです。 ぜひ描いてください。