澤博:質問されているのが、どのような性質の異方性と等方性なのかで答えが異なります。多結晶体といっても例えば加工する工程によっては特定の異方性が残存することはよくあるので、多結晶が等方的とは限りません。教科書的な回答を行うと、単結晶の持つ異方性は結晶をどれだけ小さくしても本質的に保存されます。この小さな結晶粒が向きを揃えずに集まって固体となったものを多結晶と呼ぶので、必然的に異方性は平均化されます。これがご質問の答えとなるでしょう。
もう少し深堀するために、物質の異方性がどのように現れるかについて、まずは考えてみましょう。固体物質は、大きく分ければ結晶と非晶質です。ここでは非晶質の話は割愛して、結晶に限定します。原子が結晶を構成していますが、その本質は並進対称性です。これは、ユニットセルと呼ばれる原子の集まりが3次元のすべての方向にある特定の距離を移動させても全く変化がないことを指します。この構成原子は周りの原子と何らかの相互作用を有しており、その相互作用の大きさや性質が方向によって異なることから物性の異方性が生じます。特に、その異方性を支配しているのが原子の持つ最外殻電子(化学の言葉なら価電子)の電子軌道です。「形」というのが異方性を表す一般的な表現であるなら、電子軌道とは「形」の最小単位ともいえます。もちろん、磁気的な相互作用や金属電子のように、原子の最外殻電子の振る舞いという原子核の周りを取り巻く電子雲という観点だけでは説明できない物理現象も生じます。しかしながら、先に述べたように結晶であるということは並進対称性を持つことなので、物理的な性質もその結晶の方向に応じた異方性を維持します。この異方性を巨視的なレベルまで維持しているのが単結晶ということになります。
さて、多結晶体は微小な単結晶の集合体であることからその異方性が平均化されると説明しました。ところが、先に述べた「単結晶」という定義にもおかしな点があります。これは多分皆さんもすぐに思いついたように、「表面だったり端では並進対称性は破綻するのでは?」ということです。通常の単結晶の場合には、この表面の効果は全体を構成している原子数の比率が低いために無視できると考えます。これは物質の「バルクの性質」と呼ばれて表面効果とは区別します。ところが、多結晶体の場合には微小な結晶の集合体であるために、この端の効果は無視できません。特に固体を形成するための原子間の相互作用である「結合」は物体表面では切れてしまうため、他の元素(酸素だったり水素だったり)と結合するなどして表面状態を安定化させます。同様に多結晶体であっても、結晶粒間は界面と呼ばれて、単結晶とは異なる原子配列であり、異なる相互作用が支配します。従って、単結晶で得られる物性と多結晶で得られる物性は異なることが多々あります。等方性と一言で括れないほどに、多結晶体の物性は極めて複雑なものになることがあります。
物質探索や材料開発のために精密な物性測定を単結晶で行いその性質を得たとしても、実際の材料として応用しようとする場合には、目的にもよりますが、多結晶体を利用することが多いでしょう。この場合には単に単結晶で期待される異方性が失われているだけではなく、粒界の影響も考慮する必要があるために慎重な研究が必要です。