十文字青:どのような理由で何のために小説を書くのかにもよりますが、個人的には小説を書く上で自分に嘘をつかないことが何より大事なのではないかと考えます。 　あなたがもし、とにかく他人に読んでもらって喜ばせ、高く評価されたい、人気者になりたい、作家としてヒットを飛ばしてお金を稼ぎたい、という動機で小説を書くのであれば、リサーチして大勢が好む題材を選び、脚本術の解説本などから作劇を法学んで、諸作家からテクニックを盗み、毎日ノルマを決め、こつこつ書くというのはいい方法でしょう。 　ただなんとなく小説を書いてみたくなった、というのも、よくある理由です。この場合は、決して難しく考えず、書いてみたいと思ったお話を、書きたいときに書けるだけ、好きなように書くのがいいでしょう。書きたくなくなったら、やめてしまえばいいのです。誰も責めません。僕は小説を書くようになってから、素直に、純粋に、フィクション作品を楽しめなくなったように感じています。同じようなことを言う人は少なくありません。どうしても書きたい、書かないといられない、というのでなければ、無理をして書くことはありません。 　あなたはなぜ小説を書くのでしょうか。才能に恵まれた作家はたくさんいます。優れた小説は一生をかけても読みきれないほどあります。わざわざあなたが書かなければなりませんか？　多くの人にとって、小説は書くよりも読むためのものです。多くの人にとっては、と僕は言いました。たまに、読むよりも書かないといけないと感じる人がいます。これは僕の持論なのですが、そういった人以外は小説を書く必要はありません。むろん、あくまでも僕がそう思うだけです。理由が何であれ、書きたければ書けばいい。暇潰しでも、ちょっと思い立っただけでも、書けそうだから書いてみようといったものでも、書けばいいのです。ただ、これも私見ですが、結局のところ、書かないといけない人以外は、小説を書くことをやめてしまいます。やめたっていいのです。小説を読むのが好きなら、書いたりせずにひたすら読むのはとてもいい楽しみ方だと僕は思います。 　僕が小説を書くにあたって大事にしている、というよりも、大切なことは、自分は小説を書かないといけない、というこの動機です。僕は書かないといけないからずっと書いてきましたし、この先も死ぬまで書かないといけないことが「わかって」います。だから、僕は死ぬまで、書ける状態でいる以上は書くでしょう。 　小説を書くのであれば、自分に嘘をつかず、自分が小説を書く理由を知っておいたほうがいいと思います。書く理由がなくなったら、やめてしまえばいいのです。何であれ、書く理由に沿った書き方を心がけていれば、少なくとも自分自身を裏切らない小説を書くことができるでしょう。僕の考えでは、それが何より大切です。世界中のあらゆる他者を欺いても、裏切っても、それが小説なら、僕はかまわないと思います（あくまでも、これは僕の考えです）。しかし、自分自身だけは、裏切るべきではありません。書いたことを後悔しないような小説を書くべきです。 　もちろん、小説はだいたいの場合、誰かに読んでもらうものとして書きます。読み手の評価がまったく気にならない、という作家は稀だと思います。僕もやはり気になります。とくに作家として仕事をしていれば、本が売れなかったり、関わった作品が商業的にうまくいかなかったりすると、困ったことになります。「結果」を出さないことには、なかなか続きません。 　しかしながら、仕事としての結果はともかく、評価、評判、称賛といったものを、自分がどこまで必要としているのか、求めているのか、ということは、よくよく考えてみたほうがよいと思います。これも小説を書く理由に密接に関わってきます。 　読み手を喜ばせる、面白がらせるためのテクニックはたくさんあります。ですが、それはテクニックでしかありません。いくらでも身につけられます。練習すれば誰でも上手く使えるようになります。 　自分に嘘をつかず、自分なりの理由を見つけて、それに沿った書き方を選び、どうか楽しんでください。苦しくても、悲しくても、ときに耐え難くても、それでも楽しいと思えるのならば、小説を書きつづけてください。