山下澄人:ウイリアム・サローヤンに『僕の名はアラム』という短編集があってその中に『哀れな、燃えるアラブ人』という作品があります。アラムという少年のおじさんとそのおじさんの友人のアラブ人の話です。おじさんとアラブ人は過酷な時間を、違う過酷かもしれないけどどうやら共有している。だから（傍点を打ちたいところです）二人は一緒にいてもしゃべらない。少年アラムはそれが不思議でならない。お母さんに聞いても二人はそれでも通じ合っているという。アラムはそれがわからない。わたしは小説を書いたりしているのに言葉をあまり信用していません。書き言葉も話し言葉もどちらも。何かを深く共有し合った人間はサローヤンの短編のように一緒にいてもほとんど言葉は必要ないことをわたしも知っている。だけどそれは誰にでもというわけではないから仕方なしにこうして言葉を使う。仕方なしになので伝わらなくても気にしない。むしろ伝わったときの方がびっくりする。言葉にするのは自分に向けてなのかもしれません。