川原繁人:よく聞かれますね……この質問。おそらく答えは、「科学」をどのように定義するかに寄ります。多数の言語学者が「言語学とは、言語の科学的な探究である」と定義づけることがありますが、私自身はこのような文脈で用いられる「科学的」の定義がはっきりしないので、この定義を好みません。科学哲学に詳しい先生の中では、言語学の方法論が「どの程度科学的か」ということを議論している方もいらっしゃるようです。科学の基本的な定義は「反証可能性」だと言われますが、言語学の方法論が反証可能なものであるのかどうか、私自身自信がありません。
言語学にもいろいろな方法論がありますが、例えば近年では認知科学や心理学で使われているような実験手法も用いられますので、これらの分野が科学的であるのと同程度には科学であると言えるかもしれません。また、言語学はヒトという生物が操る言語を探究する学問ですから、その意味では生物学と何ら変わらない、と主張する学者もいます。この考えは一理あると思います。数理言語学という分野では、言語を数学的なオブジェクトとして捉えて、その数学的特徴を探究しています。この分野の論文は、ほとんど数学なので、数学が科学的であると同様に科学なのでしょう(正直、難しすぎてこの分野はついていけません)。
興味深いのは、言語学という学問が生まれてから(そんなに昔ではありません)、いろいろな枠組みが誕生してきました。歴史言語学・構造主義言語学・生成文法理論、などなど。そして、その枠組みが生まれるたびに「我々は、ついに言語学を科学の高みに昇華させたのだ」という宣言がなされているという点です。私はこの歴史的事実を考えると、(ひねくれた考えかもしれませんが)言語学者は、自分の学問が科学的でないことにコンプレックスに思っており、どうにかそのコンプレックスを解消しようと奮闘しているのではないかと思ってしまいます。