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長いこと文章や本を書いていると、過去の作品を見たときに「いまだったら別の切り口から書くだろうな」という気持ちになることはままあります。しかしながら、「なかったことにしたい」とまで思うことはほとんどありません。

たぶんその理由の一つは、私の主張そのものの分散が小さい(ドラスティックに変化することが少ない)からでしょうね。数十年前の文章を読んでも、考え方や主張の方向性としては現在と大きく乖離している部分はないと思います。むしろ逆で「昔から同じようなことを書いているな」と感じることが多いです。

ですから「もしも」という仮定の話になりますが、書いていたときの主張と現在の主張が大きく変わっていた場合であっても、どうしようもないと思います。作品というのは必然的に「タイムスタンプ」が押されているものです。どれほどがんばって作ったとしても、あくまでその作品は、作成時点におけるものでしかありません。リリースしたあとはどうしようもないのです。

それに、もしも書いていたときと現在とで主張が変わっていたとしたら、さらなる未来にはまた変わっている可能性もあります。ですからもしも「なかったこと」にしたいと考えたとしても、本当に「なかったこと」にはできないし、しないほうがいいと思っています。

過去の主張と現在の主張が違うことは、まったく恥ずかしいことではないと思います。「あのときの私はこう考えてこれを作った。けれど、現在は違う」ということでしょうね。

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結城浩

EngineerWriter

本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。文章を書くこと、学んだり教えたりすること、プログラミング、数学、人と人とのコミュニケーションなどに関心があります。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。アマゾンの著者ページは https://link.hyuki.net/amayuki にあります。なお、私は数学読み物を書いていますが、数学科出身でもありませんし、数学の研究者でもありません。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。〔ゆうき・ひろし〕