堀田隆一:ご質問の前提とは裏腹に,国際共通語としての英語が台頭しつつあった19世紀後半のまさにその時期に,アンチとしてエスペラントが生み出されたのだろうと考えています. 英語のような既存の有力言語がリンガ・フランカとなるのは自然の勢いですが,エスペラントの考案者であるザメンホフは,まさにそのような手垢と歴史にまみれた「自然な」リンガ・フランカを嫌ったのではないかと考えています.既存の有力言語,例えばイギリスという国家と強く結びつけられた英語が偉くなりすぎると,国際的な不平等感が高まるに違いない,そのように考えていた節があります.それを事前に避けるべく,ある特定の社会と密接に結びつけられることのない「人工的な」言語を作ろう,というのがザメンホフの理念だったように思われます. エスペラントは1887年に提唱され,そこそこ有名となりましたが,同時期の19世紀後半とそれ以降,エスペラントほどの知名度には達しないものの,似たような人工言語が次々と生み出されてきました.Volapük, Idiom Neutral, Latino Sine Flexione, Ido, Occidental, Novial, Interglossa, Interlingua, Glosa など枚挙にいとまがありません. 歴史を振り返ると,19世紀最後の四半世紀のような国際協調圧の高まった時代には,エスペラントのような人工言語は勢いを得たようです.一方,第1次世界大戦期のようにナショナリズムが台頭する時代には,エスペラントのような人工言語の勢いは減速し,英語など既存の民族語かつ有力言語が躍進しました. その勢いで,英語は良かれ悪しかれ20-21世紀の世界のデファクトスタンダードとなったわけです.世界中でナショナリズムの色彩の濃くなっている21世紀前半の現在,エスペラントのような人工言語の興隆は難しいのかもしれません.どうでしょうか. 最後に「現在この言語を学ぶ動機としては,私のように趣味的なものがほとんどなのでしょうか」というご質問についてですが,私自身も短期間ですがかつてエスペラントを学んだことがあります.そのときの動機はまさに趣味的でした.もちろん,そうでない方も多くいると思いますのであしからず. 関連して,筆者のブログより「#958. 19世紀後半から続々と出現した人工言語」をご覧ください.(Read more)
福島真人:もともと欧州での外交語は長いことフランス語で、また戦前は科学言語としてのドイツ語も存在感を誇っていたと思います。それが英語にとって代わるのは、世界の工場としての大英帝国の展開に加えて、2度の世界大戦による欧州の荒廃とそれに戦後とってかわった、政治、経済、そして科学の中心としてのアメリカ、という大きな動きによるものと思います。さらにインターネットがダメ押しした、という人もいます。 大昔にザメンホフの伝記を読んだ覚えがありますが、彼は19世紀後半、ロシア占領下のポーランド人で、その時期はまだ現在のような英語帝国主義が完全に確立していたわけではないし、その目的もそこでの民族対立を解消する手段としてエスペラントを考案したと記憶してます。それゆえ、質問はちょっと時系列がずれている感じです。 エスペラント語はヨーロッパ諸語のめんどくさい活用等がだいぶ簡素化されているので、欧米人には学びやすいでしょうが、しょせん欧州の文脈で誕生しており、中国語やアラビア語とかとは全く関係ないですから、ほんとの意味の完全な人工国際語というのは無理があるような気がします。結構ロマンス語に近い印象ですし。 かつてポーランド語の授業の時に一人エスペラント語をやっているという人がいましたが、なぜか初対面なのにため口でした。エスペラント語の影響かどうかは不明です。(Read more)