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校正者に命拾いされたことはありますか?その指摘がなかったらどういう事態になっていたのでしょうか?

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「校正者に命拾いされた」というのを「自分の文章が本として出版される前に、自分以外の人から指摘された事柄によって致命的な事態を避けられた」とパラフレーズするならば、何回かあります。

私は、編集部に原稿を出す前に複数人の「レビューアさん」に原稿を送って読んでもらうようにしています。もちろんその大きな目的は何らかの誤りや改善点を見つけてもらうためですが、それに限ったわけではありません。レビューアさんには専門の方もいますし、一般の方もいます。一冊の本で数十通から百通を越すメールが行き来します。

レビューアさんから頂く指摘は毎回たいへん助かるのですが、その中で特に「著者である私が誤解していることに起因する誤り」の指摘があります。これは極めて重要かつ重大です。私自身が誤解している場合、誤った内容をわかりやすく伝えてしまう危険性が高いからです。

これまでの出版経験の中で少なくとも数回は致命的な事態を指摘によって回避したことがあります。致命的な事態の回避とは、一章をまるまる書き換える規模の対応をしなければならなかったというほどの意味です。

通常の誤字脱字に関しては(もちろんなくすために最大限の努力をしますが、ゼロにはなりません)増刷のたびに対応する内容ですので「致命的」とはいえません。出版後に一章をまるまる書き換えるのは増刷のタイミングでは無理なので、その意味では致命的といえます。

レビューアさんの話ばかり書いてしまいましたが、もちろん担当する編集部(複数のスタッフによる種々の確認)からの指摘は重要です。「それがなければ致命的」という種類の指摘は多くはありませんけれど、レビューアさんによる指摘とは別の方向の指摘はたくさんいただきます。

編集部から受ける指摘で重要なのは「書名」と「方向性」でしょうか。「書名」というのは本のタイトルのことで、しばしば重要な示唆をいただきます。それを修正しなければ致命的なのか?と言われれば違いますが、明らかに重要な改善である場合はありますね。

「方向性」というのはその本で重きを置く場所がずれているときの指摘のことです。論点がAとBの二つがあるとして、私がAの方に重きを置いて書いて(なかなか難しくて悩んで)いるときに「それよりもBの方に重点を置くべきではないでしょうか」のような指摘を受けて直したことがあります。それを修正しなければ致命的なのか?と言われれば違いますけれど、バランスが崩れた結果になった可能性はあります。

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レビューアさんに原稿を読んでもらうための詳細については、『数学文章作法 推敲編』の第6章に書きましたので、ご紹介します。

◆『数学文章作法 基礎編・推敲編』

https://www.hyuki.com/mw/

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