田口善弘＠中央大学:よくある疑問ですのでお答えします。まず男女雇用機会均等法という法律ができたのが１９８６年です。ざっくりいって４０年前ですね。この法律はあくまで「雇用機会均等法」なので、すでに職に就いている人たちの間の男女平等を均等化しようというものではありませんでした。さて、じゃあ、この法律ができたらすぐに雇用における男女平等が実現するかっていうと、それは無理でした。なぜならその時に社会に出る人たちが子供のころには男女差別が禁じられていなかったので、女性は「まじめに勉強していい大学に行ってもいい職に就けない」ということでがんばれなかったからです。「大学にいけばちゃんとした職に就けるよ」と分かった時点でやっとまじめに勉強しようと思えるわけです。だから雑に言うと１９８６年に誕生した人が大人になるまで待たないとこの法律の効果は発揮されません。そして実際、１９８６年時点の男性の大学進学率に女性の大学進学率が追いついたのはやっと２００２年くらいでした。まさに１９８６年にう生まれた人が大学に入学するくらいの時差があったわけです（実際にはその間に男性の大学進学率も上がってしまったのでこの時点で男女平等が実現してはいませんでした）。この世代がさらに大学大学院で９年間学んで博士号を取るのは２０１１年くらい、そして、数年間ポスドクをやって職を得るのは２０１５年くらいでしょうか。実に気の長い話ですが、雇用における法的な男女平等が実現したときに生まれた世代がアカデミアで定職を得るようになったのはわずか数年前の話です。そこまでの男女不平等は多かれ少なかれ法律が不平等を認めていた影響をまぬがれていないといえるでしょう。その意味では「責任」は（雇用の機会均等以上の平等をしなかったという点を除いて）ありません。ご指摘の女性雇用枠の拡大は「いくら機会を均等にしても女性が増えないので機会を均等にする以上の強い施策をしないとアカデミアの男女平等が実現しない」ために強行されているものです。外面的にみると今の若い世代だけが不利を背負っているように見えますが、法的に平等になっても（それ以外の理由で）男性の方が有利になっているのでその分を補正しよう、ということです。ご指摘の「上の世代における男女不平等」は法の未整備で起きたこと、現状の男女不平等は法を整備しにもかかわらず起きたこと、であって原因が違います。なので、いまの世代の男女不平等と上の世代の男女不平等を同一に考えて「責任をとれ」ということには合理性がありません。 まったく納得できないと思いますが、過去の世代においてもすでに雇用されている人を解雇してまで男女平等を実行した例はなく、ご指摘の女性優遇枠も今までとおなじくあくまで雇用段階での男女平等の試みであり、それは男女雇用機会均等法成立時から一貫して変わっていないと思います。 外面的には若い世代だけわりを食っているようにみえるのでこんな説明をしても納得はしてもらえないでしょうけど、男女雇用機会均等法が施行された時も同じような不満を抱いている男性はたくさんいました。多くの（大手の）企業が見た目上の男女平等を実現するべく女性の雇用枠をふやしたため、それまでなら余裕で入れた男性が入れなくなったからです（雇用の総数が変わらないのに、いままではなかった女性枠ができたら、それは男性の分は減りますよね？信じられないかもしれませんが、男女雇用機会均等法ができるまでは「女性は雇用しません」と言っても法律違反ではなく、実際、そう明言している大企業はたくさんあったのです）。 自分たちは安定した地位にいるくせに若者を苦境を理解しない、といって世代間対立をあおるような若手の発言があるのはとても残念に思います（そんな人ばかりではないとは思いますが）。

Hayato Shimabukuro(島袋隼士):私は現在35歳で若手研究者に分類される世代です。仰る通り、最近は女性限定公募が増え、数少ない公募が出たと思ったら、女性限定公募だったので応募できずに落胆する若手男性研究者も多いと思います。ここでは女性限定公募の賛否について議論はしませんが、そういった現状があるので、若手男性研究者が辛いと思う気持ちを吐露したくなるのは十分理解できます。しかし、それに対して、主にシニア世代の研究者が若手男性研究者の辛さへの理解を示さず、それどころか、そういう気持ちを持つことですら批判的に捉える人もいることは残念に思います。シニア世代に責任を求めるまでは言いませんが、自分たちは安定したポジションにいるにも関わらず、若手研究者の思いを理解できない言動を取ると、世代間の対立が深まると思います。

橋本 省二:なぜ改革は常に失敗するのか。ときどきどんよりと考えてしまうことがあります。もう２０年近く前でしょうか。国立大学の法人化という「改革」がありました。現状をみれば、研究力の低下（いや凋落）という形で結果があらわれています。失敗は明らかですが、誰かが責任をとったという話は聞いたことがありません。まあ、財務省のお役人なんかは改革が足らないせいだとおっしゃるのでしょう。 法人化の少し前、「国家公務員の２割削減」という話が国会などで議論になっていたことを思い出します。行政改革ですね。当時の大学教員は国家公務員でしたから、これを全部切り離せばちょうどいい。そう考えたのかどうか。表向きは「大学の経営自由度を増して改革する」という話として動き出し、何のメリットがあるのか誰にも（いや、少なくとも私には）わからないまま進んだのです。結果として起こったことは、公務員削減が雲散霧消したことを除くと、大学にとってはお役所の指図にしたがって目標を立てたり報告したり評価されたりする膨大な手間ができたこと。そして運営費交付金の毎年１％削減です。 経営の自由度というお題目はあっても、予算削減のなかでできることがあるでしょうか。すでに雇っている人の首を切れないとしたら、誰かが定年しても新たな人を雇えないというだけです。若手のポジションが減る理由は、簡単な算数の話ですね。研究力低下も当然のことだと私には思えます。 その間、上の世代は何もしていない。誰も責任をとっていない。おっしゃる通りです。誰かに責任を取らせるというのは簡単なことではありません。すべては公的な会議で決まってきたことですから。じゃあ、大学の先生たちはどうすべきだったのか。私にはその答えもありません。予算の削減という政治の大きな圧力のなかで何ができたのだろう。やはりどんより考えてしまいます。 不利益をこうむるのは若手ばかりだ。その通りです。不満を力に変えるにはどうすればいいのでしょうか。お答えになってなくてすみません。 （以上は単に私の個人的な感想です。偉い人たちがどう考えて改革を進めてきたのか、確たる資料を持っているわけではありません。）

鵜山太智:僕も島袋先生と同じく若手研究者、更に現在は任期のあるポスドクです。これまで回答されている方々や世代間の対立を煽るつもりはないですが、日本において安定したポジション探しの状況は過去に比べてはるかに悪化しています。 日本の天文業界だけに限りますが、博士号取得後のキャリアパスを調べた調査結果が天文学会の会誌にて報告されています。図11(著作権上念のため、こちらの回答には直接利用していません)が最も現在の状況を端的に表されていると思うのですが、2000年までに博士号を取得した世代(第一世代)、2000-2010年の期間に博士号を取得した世代(第二世代)、それ以降の世代(第三世代)において博士号取得後ポスドク(任期付きポジション)だった期間をグラフにしたものです。任期付きのポジションという点に関しての是非についてはここでは割愛させていただきますが、明らかに近年の博士号取得者の方が安定したポジションを得るのに時間を要しています。 これを別の見方で言うと、若手研究者が一つのポジションに応募するとして、これまでは5年キャリア期間を上回る人と競争しないといけなかったのが今では10年キャリアを上回る人と競争しないといけないと言う事です。このような中で更に安定したポジションはどんどんと減っています。このままいけば今後15年キャリアを上回る人と競争となってもおかしくなく、ただただ悪循環です。過去の制度の間違いから機会均等のために女性限定枠を増やしたところで、現状既に焼け石に水といった状態なのではないでしょうか。 このような状況で若手研究者にとっては日本かアカデミアを去るのが一番良い選択肢となるケースが多数あるという現実は上の世代の方にもきちんと問題として認識していただきたいです。世代に関わらず一致団結して将来のことを考えないと、今後研究を志す人にとって日本のアカデミアは全く希望を持てなくなるどころか、僕はもう既にそうなりつつあると思っています。自分はその頃にはリタイアしているから関係ないと思っている人はいてほしくないですね。