社河内敏彦、三重大学特任教授・名誉教授、専門は流体工学、特に、噴流・後流・せん断工学、流動制御.:カルマン渦列, 社河内 敏彦;
流体力学,工学の分野で,カルマン渦と呼ばれる顕著な流れ現象があります.その特徴, 地球規模の例,弊害,利用などについて概説します."カルマン渦"
という言葉は聞き慣れ ないと思いますが,例えば,季節風の強い冬場に送電線がヒューヒューと唸っているのは、
送電線の周りから流れがはく離し渦が規則的に放出される際の渦放出振動数に対応した流 体音です.この渦を,研究者 von Karman(1881-1963)に因んで
“カルマン渦”,または,“カ ルマン渦列” と呼んでいます.
(a) カルマン渦列とは?; 第1図に,水中に置かれた円柱上流の速度 U がかなり遅い 場合(レイノルズ数: Re = Ud/ν =
71,d:円柱の直径,ν:流体の動粘度)の円柱の後ろの流 れの様子を,染料による可視化写真で示します.物体後流中に規則的な渦列,いわゆるカ
ルマン渦列(千鳥配列)が生じているのが分かります.渦列は,カルマンの理論計算によ ると,渦列の間隔 h と渦のピッチ l との比が h/l =
0.281のとき安定で,この際,渦は円柱 背面の上下から交互に放出される(第1図)ため,円柱は流れに直角な方向に渦放出振動 数 f
に対応する周期的な力を受けることになります.また,Roshko によると f(ストロー ハル数:St = fd/U)とU(Re 数)との関係は,50 < Re
< 5000 の場合,実験的に次式で与え られます. St = fd/U = 0.203 (1 - 21.0/Re) ただし,規則正しい渦列が生起する Re
数範囲は 50 < Re < 200 で,Re 数がこれ以上大き くなると下流の流れに不規則性が現れ乱流となります.しかし,速度分布の集合平均をと
るとカルマン渦列に相当する渦構造がみられます.また,カルマン渦列は円柱以外の物体, 例えば角柱などにおいても生じます.
(b) 地球規模のカルマン渦; 第2図に,静止衛星 "ひまわり" から撮影した日本付近の
雲の分布(1978年2月3日正午)を示します.冬の北西の季節風が雲によって可視化され,
済州島,ハンラ山(標高,1950m)の中腹からカルマン渦列が放出されているのが分かりま す.この場合,風速は U = 10 m/s で,d = 30 km、Re
= 2×1010 です.また,渦列の間隔 h/d, 渦のピッチ l /d は,驚くべきことに,先に示した実験室レベルの結果と同一です.このよ
うな渦列の発生は地球上の他の幾つかの場所,例えばカリフォルニア半島沖合いの島など でも観察されています.
(c) カルマン渦の弊害; カルマン渦の振動数が円柱(物体)の固有振動数と一致するか
あるいはこれに近いとき円柱は,流れと直角な方向へ振動(共振)を起こします.煙突,
冷却塔,吊り橋,送電線などの風による破壊の原因は,風によるカルマン渦列とこれら物
体との共振現象によると考えられます.カルマン渦の弊害に対し,カルマン渦が生じない
物体構造(形状を変える,物体表面に突起を設置する,など)にするなどの対策がとられています.
(d) カルマン渦の利用; カルマン渦の渦放出振動数 f が流速に比例することから,管内
を流れる流体流量を測定する手段として利用され,近年,“カルマン渦流量計” として広範
に実用に供されています.すなわち,管に直角に管直径より小さい柱状物体を設置しそこ から放出されるカルマン渦の f
を測定し,流量を算出します.なお,より安定したカルマ ン渦列を生じさせるため渦発生体の形状が工夫されています.
このように,カルマン渦列は地球規模での生成,弊害,利用,と一般に実生活とも密接に関連する興味深い現象です.
注)本稿の大部分は、筆者の記事(身近な流れ―カルマン渦列― ,技術開発ニュース No.96/2002-5, 中部電力株式会社)の抜粋です.
図1 カルマン渦列,Re = 71 (by Homann)
図2 地球規模のカルマン渦列(気象庁)
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