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「愛する」ということがどのようなものであるかを論じるのは私にはできませんが、私がどのようなものだと考えているかはある程度なら書くことができます。すなわち、私の個人的な考えということです。ただしこれは私が信じているキリスト教的な考えに強く影響を受けていると思います。

私は「愛する」とは、一時的な感情ではなく継続的な意志であると思っています。どのような意志であるかというと、愛する対象のためには自分が損をしても構わないとする意志です。その極北には「愛する対象のためには自分は命を損しても構わない」というものがあるでしょうし、そこまで行かなくても「愛する対象のために自分の時間を使う」というものがあります。それはどれほど深く愛するか、によって変化します。

念のために書いておきますが、自分が愛する人のために本当に命を捨てられるかどうかというのは難しい問題です。そもそもその判断自体が難しいことですし。ただ、私が考える「愛する」ということの意味をいまは書いているのです。自分が相手のために損をしても構わないと思い、思い続けるということです。

別の表現として、愛は、相手の行いによって変化しないとも思っています。つまり、相手がこれこれのことをしてくれるから愛する。これこれのことをしてくれないなら愛しない。というのは私が考える「愛する」こととは違います。相手が何をしようとも、何をしなくても、私から相手への愛はまったく変化しない。

もちろん、相手がひどいことをしたら悲しいし、すばらしいことをしたら嬉しくなります。でもその嬉しいや悲しいは私の感情に過ぎません。私の「この人を愛する」という意志は、そういう相手の行いに依存しないで存在します。少なくとも自分の愛はそのようでありたいと願っています。

そんなことは人間には不可能である。と思えるかもしれませんが、実際、完全な形で私のいう「愛」を実践することは不可能だと思います。でも私がいっているのは、かくあるべき姿としての「愛」です。

ところで、そのような無条件の愛というのは実は多くの人が実践しているものともいえます。つまり、それは自分自身についてです。自分が何をしようとも、あるいは何をしなくても、私たちは喜んだり悲しんだりしながらも、自分自身と付き合っています。自分自身をメンテナンスし、自分自身のために時間を使い、この世の命が尽きるまでケアし続けようとします。私はそれは(もちろん不完全ではありますが)愛というものの性質をよく表していると思っています。

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◆愛とは何か

https://story.hyuki.net/20180412125143/

◆生きる目的

https://story.hyuki.net/20180409163612/

◆充実した人生とは何か

https://mm.hyuki.net/n/n0a87cffd2795

◆愛の原則

https://mm.hyuki.net/n/na175c7464cc9

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結城浩

EngineerWriter

本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。文章を書くこと、学んだり教えたりすること、プログラミング、数学、人と人とのコミュニケーションなどに関心があります。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。アマゾンの著者ページは https://link.hyuki.net/amayuki にあります。なお、私は数学読み物を書いていますが、数学科出身でもありませんし、数学の研究者でもありません。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。〔ゆうき・ひろし〕