小川仁志:浮気・不倫と、殺人・窃盗が大きく異なるのは、前者は後者と異なり違法ではないという点です。もちろん他のあらゆる行為と同じく民事で損害賠償を請求される可能性はありますが、少なくとも刑法上その行為をするだけでただちに犯罪になることはありません。つまり、浮気や不倫はどこまでいっても倫理の問題なのです。まさに不倫とは倫理に悖るという意味です。では、倫理とは何か? それは人々の間で共有されているルールのようなものです。恋人や配偶者がいるのに他の人と付き合うとか、肉体関係を持つというのは、ルール違反じゃないかということです。同じルールでも、刑法上違法として定められている殺人や窃盗は、国家が身柄を拘束してでも守らせる必要があります。だから当然非難の対象になります。そのような行為をするのは許せない、罰するべきだということです。でも、あくまで倫理に反するという意味でのルール違反の場合、国家が身柄を拘束するわけにはいきません。そんなことを法の根拠もなしに行えば、それこそ人権侵害になってしまい、今度は逆に国の側が訴えられるでしょう。それでは、周囲の人たちは他人の浮気や不倫を非難することができるのかどうか? 今ここが問われているのだと思います。現状をいうと、世間は必死になって非難します。理由は様々でしょうが。マスコミも世間に忖度するかのように、徹底的に当事者を非難します。しかし、あくまでそれは同じルールを共有する人たちが感情的にそのような反応をしているにすぎません。現に文化が異なれば、もっと浮気や不倫に対して寛容な国もありますから。日本でも集団によって感覚は異なります。それが倫理の意味するところであり、浮気や不倫が倫理の問題にとどまっているゆえんなのです。もしこれが万人にとって不快なことであり、許せないというのなら、法律で罰することになっているでしょう。しかし、そうはなっていないのです。これはいい悪いではなく、それが現実だということです。ということは、今のところまだ「外野はとやかくいうな」という論が成り立つわけです。殺人ならそんな論法は成り立たないでしょうから。そんなに問題だと思うなら、不倫を犯罪にすればいいのです。きっと煽っているマスコミも、法律を作る政治家も尻込みするでしょうが……。