橋本 省二:その素朴な疑問、いいですね。こういう素朴な疑問にこそ考えるべき問題が含まれているような気がします。空に輝く星は物質でできているのか、それとも反物質なのか。観測でそれを区別できるかというと、答えはノーです。天文学者は光や赤外線、電波で観測します。いずれにしても電磁波ですが、物質と反物質が出す電磁波に区別はないので、この観測をもって両者を区別することはできません。
では、あの星が反物質ではないと言えるのはなぜか?
それが問題ですよね。宇宙の彼方に孤独な星がポツンと一つだけあったとしましょう。これが反物質でできた星でないと誰が言えるでしょうか。鍵は物質と反物質が出会ったときの反応にあります。粒子と反粒子がぶつかると対消滅をおこして2つの光子が出てきます。ちょうど粒子(電子や陽子)がもつ質量のエネルギーと同じエネルギーをもつ光子なので、ガンマ線です。ちょうどこのエネルギーをもったガンマ線を観測できたら、対消滅の証拠ということになります。
孤独な星といえども何百万年や何億年もいれば、よその銀河から漂ってきたガスが落ちてくることもあるでしょう。ほら、太陽だって太陽風といって主に水素のガスをまき散らしています。中性子星爆発でも起こったらやはり大量の物質が飛び出してきます。そういうのがたまたま反物質の星に落ちてきたら...。そう、対消滅を起こしてガンマ線を出すはずです。このガンマ線を探してやればよい。人工衛星にガンマ線測定器を積んだ観測で、数例の候補が見つかりました。しかし、いずれも他の何かでも説明できるものだったようで、どうも反物質でできた星の証拠はやはり見つかっていないようです。
数年前でしたか、宇宙ステーションに積んだ測定器で、宇宙に漂う反粒子を測る実験が行われました。AMS実験といってノーベル賞学者のTingさんがリーダーのチームです。驚いたことに、彼らは反ヘリウムを測定したと報告しました。反水素(反陽子)ならわかります。反陽子一個だけなら宇宙線の衝突でできることもあるでしょう。でも反ヘリウムをつくるには、そういうのが4つ集まって合体しないといけない。そんな偶然はなかなか想像しがたいですね。だとしたら、この反ヘリウムはどこかの反物質星から流れてきたものでしょうか?
でも一体どこから?
そもそも反物質の星があったとしたら、それはどうやって作られたのでしょう。宇宙初期は水素ガスが漂っていたはずです。それが集まって星になった。これをぜんぶ反水素にしないといけない。でも、宇宙のある区域だけ反物質にすることなんてできそうもないですね。隣の区域と対消滅を起こしちゃいますから。だから、もし反物質星が見つかってしまったら謎が謎を呼ぶことになりそうです。そうなったらおもしろいですね。