Koji Fujita:言語学というかチョムスキーの生成文法が夢想している普遍文法(UG)ですね. UGの中身に関しては,これまでどんどん理論が改訂されてきていますが,現在はUGの候補としては併合(Merge)という再帰的組み合わせ操作が有力視されています. Mergeとは2つの統語体(語彙項目ないし語彙項目を併合してできる集合)を1つにして無順序集合を定義する機能で,再帰的 recursive に働きますからその出力をいくらでも新たな入力として繰り返し適用可能です. この最も簡素化された組み合わせ能力Mergeだけで,世界中の言語のどんな複雑な階層構造も作れてしまうことが明らかとなり,これはこれで素晴らしい発見です(こんな単純なことに気づくのに半世紀以上かかったというのも不思議ですが,まあいろいろ事情があります). 現在はこのMergeの進化的ルーツを探る研究が盛んに行われています. しかしこれが(これのみが)UGなのかというと,私は否定的な見方をしています. まず定義上,UGは生得的(つまり遺伝的)資質でありかつ,言語固有のものです.言語の階層構造とよく似たものは人間の様々な認知機能にも現れ,またそれがMergeの進化的前駆体を探る上での手掛かりになりますが,するとMergeは言語専用ではないという可能性が浮上します.さらに言語専用のMergeがあったとしてもそれは最初から(生得的に)そうなのではなく,より一般的なMergeが発達(個体発生)の過程で言語に領域固有化するという可能性も出てくるので,生得的ではないと考える方が自然なようにも思います. チョムスキーらはMergeが言語に特有のものであることを言うために,Mergeに独自の特性があることをいろいろ指摘しますが,これは諸刃の刃で,言語固有性が高くなればそれだけ進化可能性も低下します(昔の生成文法で提案されたUGの原理やら条件やらはこの理由で全部破棄されました). UGの中身としてMerge以外に何が必要なのかを検討しなければならない時期に来ていると思います.理論的には早晩,さらに斬新で優れた考え方が出てくるでしょうが,それが生物学的・進化的にみてUGに他ならないと結論づけることは当面不可能でしょう.(Read more)