福島真人:挙げられた諸宗派が同じレベルで断食を奨励しているかは微妙で、イスラームは確かに断食月がありますが、あれは日中だけで日没後は食べてよいので、かえって太ってしまうと友人がいってました。また仏教はお釈迦さんが極端な修行は悟りの妨げになるというので、中道として適度に栄養をとることを奨励していますから、食の制限はあるとはいえ、断食ではないとおもいます。(比叡山の千日回峰行の最後の方では、完全断食が出てきますが)。
とはいえ、何らかの形で食の制限がある、という意味ではまあそうでしょうが、多分根底にあるのは、日常レベルでの自分の欲望の在り方を見直す契機として、こうした制限があるのではと思われます。宗教的体験は、あくまで日常のそれとは弁別される必要があり、その一つの在り方として、食、あるいは性が制限されると思います。
ただしその解釈や度合いは宗派、あるいは同一宗教ないでも異なりますから、僧侶の性交を認めない上座部仏教に対して、本邦ではお坊さんの家族というのが存在しますが、「出家」の意味分かってるのかなとちょっと不思議には思います。