「虚数を現実世界で体感する」ことのもっとも単純なものは複素平面(複素数平面、ガウス平面)という複素数のモデルでしょうね。虚数単位のiの「実在」を感じるだけではなく、複素数a+biの「実在」も感じることができますし、また複素数同士の加算や乗算も幾何学的に理解することができますから。虚数は、私たちがふだん使い慣れている自然数とは違うルールを持っていますけれど、複素平面のように虚数が持つルールをモデルとして表すものはあるということです。
ところで、複素平面に対して「これでは虚数を体感したとはいえない。もっと具体的なものでなくては」と考える人もいるでしょう。この疑問に対しては、本当のところ、考えるべき問題は「虚数」の方にあるのではなく「実在」や「体感」の方にあると思います。
「1や2という数の実在として、りんご1つや2つ」が例に出ていましたが、ここでは1や2という数が、りんごという物体にスルッと置き換えられています。つまりここでは、私たちが「実在」を感じ取ることができ、カウントするという操作に関するモデルとして「りんご」を持ち出していることになります。そしてその「りんご」というモデルを用いて数の「実在」を示していることになります。複素数平面を用いて虚数の「実在」を示すことも、それとまったく同じです。
「体感」についても書きます。「りんごが1つ、2つと数えられるから、1や2という数が実在するが、虚数は数えられないから実在しない」という主張の背後には、りんごを数える「体感」によって「実在」を示そうという考え方があります。でもそう考えると、非常に大きな数はたとえ自然数であっても実在するかどうかあやしくなります。たとえば「りんご1億個」を数えた人は存在しないと思いますが、その場合に「1億」という数は実在するといえるのでしょうか。
「それは屁理屈である。1つ、2つ、という数え方をずっと続けていけば、実際に数えなくてもそのうちに1億個に至ることは容易に想像できるではないか」という考え方はもちろんありますが、そこでは「……という数え方をずっと続けていけば」という素朴な推論が含まれています。その中には「自然数に1を加えたものも自然数である」のような「暗黙に認めているルール」が隠れています。
また私たちは「数」というものを「数字列」を使って表現します。「数の計算」と称して「数字列の操作方法」を学び、それによって数の計算や量の大小などを理解します。それは数が持つルールを「数字列」というモデルを使って理解しているともいえるでしょう。
そのように、私たちがふだん素朴に考えている数というものがどのようなものであるかを研究し、そこに隠れているルールを見つけ出し、そのルールを変更したときにどのようなことが成り立ち、それに対するモデルを考える。そのような活動は数学の一つの大切な一部になっていると思います。
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虚数などの複素数だけで数は終わりではなく、数は無数に考えることができます。複素数を拡張したもので有名なものには「四元数」というものもあります。複素数では交換法則が成り立つとしていますが、四元数では交換法則も成り立たなくなります。詳しくは拙著をごらんください。
◆数学ガールの秘密ノート/複素数の広がり | 結城浩