中林真幸:どんな事業でも,社会に必要とされているから成り立っている(買ってくれる人がいるから利益が上がっている)わけです。ですので,御質問は,どのような事業を自社内で行い,どのような事業を手放す(他社に売る,独立させる)か,について尋ねていることになります。
ある事業を自社内で行うとは,雇用契約で雇った労働者が生み出す労働(サービス)を組み合わせて財やサービスを生産し,市場で売るということです。これをやって利益がでるのは,自分(経営者)が,市場に知られている平均的なやり方よりも上手く事業を回せている場合に限ります。自分のやり方が陳腐化すると,その事業は利益を出せなくなります。そうなった事業は売りましょう,という判断基準は,今も変わらず真理です。たとえば,20年前,ソニーには,他には真似のできないパソコンを作っていると市場に評価される技がありました。アメリカ出張にVAIOを持って行くと羨ましがられる時代があったのです。しかし,平井さんが社長になった頃には,もう,ソニーならではだね,と市場に評価される技は失われていました。なので,ソニーはパソコン事業から手を引き,パソコン事業はブランド名であるVAIOを社名として独立しました。この種のニュースは,しばしば,新聞等で「不採算事業を整理」等と,まるで事業の方に価値がないかのような書かれ方をしますが,誤解を招く表現です。「現経営陣(ウェルチさんや平井さん)が,当該事業について,競合他社を出し抜く知恵を持っていないので手放す」が正しい表現です。事業を買うときも同じです。ソフトバンクは,既に市場取引を通じた協業関係にある企業を数多く買収してきました。そうした買収は,取引相手への資源配分を,市場を介して行うよりも,孫正義さんを中心とするソフトバンク経営陣が企業内で行う方が,より良い物やサービスを作れる場合に合理的であって,実際に,そのように判断されているのだと思います。
それが一般的な市場原理であるとして,その原理の下において,企業はどこまで拡大できる(多くの事業を抱えることが利益にかなう)かというと,同じ時代においては後進国ほど,同じ国ならば時代が古いほど,財閥と呼ばれる,多くの事業を傘下に持つ大企業が利益を上げている/上げてきたという傾向があります。市場が効率化されればされるほど,企業内で資源を配分する相対的な優位性は失われていくからです。我が国の場合,戦後,アメリカによる改革として財閥解体が行われました。しかし,仮にアメリカによる財閥解体が行われなかったとしても,日本経済が発展し,市場が効率的になるほど,企業内で資源を配分することの相対的な優位性は下がっていきますから,雑多な事業を1社で抱える財閥的な組織の優位性は下がり,やがて,三井財閥や三菱財閥にもジャック・ウェルチのような中興の祖が現れて,三井や三菱が相対的に不得意な事業をどんどん切り離す改革を行ったことでしょう。祖業である三井物産や三井住友銀行,三井不動産,三菱地所,三菱商事,三菱重工,三菱UFJ銀行等に経営資源を集中していく傾向は変わらなかったのではないかと思います。同時代の多国間比較としては,先進国と比べて,ロシアや東南アジアにおいては財閥が利益を上げている傾向があることが分かり易い例でしょう。
企業と市場とは,資源配分を行うための代替的な仕組みです。すなわち,御質問は,煎じ詰めると,資源を市場取引を通じて配分するのか,企業内で配分するのか,という問いに言い換えることができます。この問いは,経営学/経済学では,「企業の境界」の問題として,「組織の経済学」が分析しています。
参考文献
伊藤秀史 (2010)「組織の経済学」,中林真幸・石黒真吾編『比較制度分析・入門』,有斐閣,15-36。