彩恵りり🧚♀️科学ライター✨おしごと募集中:質問の靴はナイキ製「ヴェイパーフライ」のシリーズだと思うのよね。これにはいくつかのシリーズが販売されているけど、基本設計としては靴底にPEBAX
(アルケマの商標) というポリエーテルブロックアミド共重合体 (スゴく雑に言えばゴムの1種)
と、炭素繊維でできたプレートを使用している点だよ。靴底が余計なエネルギーを吸収することによって、長距離走における選手の疲労を改善し、4.2%ほど記録を向上する、とされているよ。新たな繊維、という言葉のレベル感が分からないけど、素材の組成としては新しくないと言えるし、一方で走るのに最適な素材の選定、厚みや硬さなどの決定という点では他社がたどり着けなかった比率と言えるね。
ただし、これが新記録を生み出した主要な原因か、というところには非常に大きな論争があるよ。特定のシューズ履いた選手が、そうではない選手と比べて好記録や新記録を出せば、そのシューズに疑いの目が向けられるのは当然とも言えるね。一方でスポーツがスポーツとして成り立っているのは、根本的には選手は人間だからという点にあるとも言えるよ。どんな選手もトレーニングによって自身を高めて本番に臨むし、それでも何か不測の事態が起きて最高のパフォーマンスを発揮できないかもしれない。同じ肉体の選手は2人以上存在しないし、同じ選手の中でも全く同じパフォーマンス状態な日というのは存在しないので、シューズという道具の違いが記録を左右したのか?という疑問に答えるのは極めて難しいという問題があるよ。つまり、少なくとも公式には今のところ、記録更新はヴェイパーフライを履いたことによるものだ、と明言することはできず、単に可能性留まりになってしまうよ。あくまで、選手個人のパフォーマンス改善によって記録が更新されただけとも言えるし、そうなってくると質問は前提から成り立たなくなってしまうね。
もちろん、シューズに関しての規則が全く存在しないわけじゃなく、世界陸連の規則には「シューズは選手に不当な補助や有利を与える構造をしてはならない」と定められているよ。ただし、何をもって不当なのか?という明確な基準はないことから、じゃあ実際のところどう区別するの?となるわけ。ヴェイパーフライについては2017年の販売直後からこの手の批判があり、東京オリンピックの開催を控えた2020年1月には
(当時はまだ2021年への延期決定前だった)
、いくつかの新たな規定が追加されたものの、ヴェイパーフライはそのいずれにも抵触しなかったことから使用が継続されたよ。このために今のところ公式にはヴェイパーフライは不当に有利な状況を作り出していない、ということになるよ。
とはいえ、実質的にヴェイパーフライは靴底にバネが仕込まれているのと同じじゃないか!という批判は根強く残っているよ。似たような件として、2008年の北京オリンピックで論争となった競泳用水着「レーザー・レーサー」が挙げられるね。あれも新記録が大量に生み出された上に、あまりにもの人気と製造数の少なさでトップ選手すら入手困難になったという経緯から、実質的に同等の形式の水着を禁止する新たな規定が設けられたよ。水着は競泳における重要な道具であり、テニスラケットやゴルフクラブに厳しい規定が設けられているのと同じだと捉えている人も少なくないことから、ヴェイパーフライにまつわる論争も、将来的にはランナーの重要な道具であるシューズの厳格な規定制定に繋がる可能性はあるよ。
長々と書いたけれども、やはり身体能力そのもの以外の理由で有利不利が付くのは、選手そのものだけでなく観戦者である大多数の人々にも不公平感を与え、ひいてはその競技に対する興味関心と競技人口の先細りという懸念ももたらすよ。よって道具の不公平感は長期的には無くす方向にあると言えるから、道具にまつわる記録の改善という質問は、案外この先は出てこない可能性が十分にあると言えるね。