橋本 省二:原発事故の処理で問題視されるトリチウム(三重水素)。「水素」と呼ばれるだけあって質量を除いた性質は普通の水素と同じ。10年余りで放射性崩壊することだけが違うやっかいな存在です。なぜあんなものがあるんでしょう。
ある元素の同位体は何種類あるのか。存在比はいくつか。これを簡単に計算することはできません。原子核物理学における難問なんです。なぜかを知るには原子核がどうやってできているかを知る必要があります。
原子核とは、陽子と中性子が核力によってくっついたものです。元素の種類は陽子の数で決まるので、中性子の数が異なるものが同位体になります。核力は引力なので、どこまでもぺたぺたくっつければよさそうなものですが、陽子と中性子はフェルミオンなので、物理学における鉄の掟が適用されます。そう、パウリの排他律です。
陽子、中性子は同じ状態に1つずつしかいられないということですね。軌道を下からうめていくわけですが、エネルギーの低い軌道が満員になったら高い軌道に移らないといけません。一番エネルギーの低い安定な軌道には陽子が(スピン上向きと下向き)2個、中性子も2個入ります。これは通常のヘリウムですね。ここにさらに中性子を足すにはエネルギーの高い軌道に入れてやる必要があります。中性子をどんどん増やすと、さらに高い軌道へ。あまりにエネルギーが高くなると、くっつくよりも壊れて離れるほうが安定になるので、それ以上はくっつけなくなります(こういうのをドリップラインといいます)。くっつくか離れるか。どちらの状態のエネルギーが下になるか、微妙なバランスで決まるので、一概には言えないんですね。
同位体はどこまで存在するのか。そういうわけで、この問題は大規模な数値計算を必要とする原子核物理学の大きな課題になっています。