橋本 省二:計算物理の国際会議に出たときのことです。おもに素粒子理論の分科会に出ていたのですが、冷やかし半分に物性理論のほうに顔を出してみると、あれれ?
どこかで聞いたような話をしているではありませんか。しかも、とてもよく知っている話です。格子模型のフェルミオン。なんだかうれしくなりました。物理に素粒子も物性もない。まったく異なるスケールで似たような問題が出てくるんです。楽しいではありませんか。
素粒子のほうでは、場の量子論をきちんと(発散が出ないように)定義するために空間を格子化した模型を考えます。単純な話に思えるのですが、質量ゼロのフェルミオンを定義しようとするといろんな問題に遭遇します。カイラル対称性といって、フェルミオンのもつ上向きと下向きのスピンを区別する対称性があるんですが、質量ゼロではこれが厳密に成り立つおかげで、格子化したときに隣り合う格子点を色分けして別々の粒子と考えることができるようになります。隣り合う格子点を白と黒で互い違いに塗り分けたときに、白と黒を別の場だと解釈することができるとでも言えばいいでしょうか。これにまつわるいろんな面白い話はあるのですが、あまりに専門的になってしまいます。
グラフェンの話でしたよね。グラフェンを特徴づける六角形の蜂の巣型の構造は、やはり隣り合う格子点を互い違いに白黒で塗り分けることができます。さっきの素粒子の格子理論と同じで、ここにはカイラル対称性に類似のものが存在し、質量ゼロの擬粒子があらわれます。対称性があるので少々の変更を加えてもこの構造が消えることはありません。こういうのを「トポロジカルに安定」という場合もあるようです。波数空間でのトポロジーですね。
そういうわけで、次元は4次元と2次元、格子の形は四角と六角で違いますが、同じ話です。おもしろいですよね。ちなみに、ディラック・コーンという名前は、私は知りませんでした。質量ゼロの粒子の(波数空間での)分散関係を図にすると(ソフトクリームの)コーンの形をしているからですね。素粒子のほうでは、そもそもディラック粒子をつくろうと思ってやっているのでわざわざ「ディラック」の名を冠することはしません。物性のほうは思いがけずディラック粒子が出てきたのでその名前をつけたということでしょうか。おもしろいですよね。