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このご質問そのものがたいへん大ざっぱな話ですから、直接的に答えることは難しいですし、直接的に答えたとしても「新しい技術を勉強するのが好きな人が優秀なエンジニアになったとしても不思議ではないでしょうねえ」くらいの大ざっぱな回答になっておしまいになると思います。

「強いエンジニア」「優秀なエンジニア」「新しい技術」「好き」……といった一つ一つの言葉の意味をそれなりに限定しつつ考えていかないと、何か意味のある考え方には行き着かないし、自分の学び方や生き方に意味のある影響は与えられないように感じました。

という正論はこのくらいにして、あなたの質問からは外れますが、少し考えを進めてみます。

「あの人は優秀なエンジニアだなあ」という感じることはしばしばあります。また過去の経験から言っても、舌を巻くほどいろんなことを知っていて、しかも高速で新しいことを学び、大きな仕事を仕上げていく人といっしょに仕事をするとまったく「圧倒的なすごさ」を感じるものです。

ところで、そのようなエンジニアの優秀さをざっくり分けて考えるなら、少なくとも三つの要素があると思います。

  • その人が生来的に持っている能力

  • その人が持っている学習能力と時間

  • その人が選んでいる分野や環境との親和性

これらがいわば掛け算のように効いて、外部からも見える優秀さになっていると思います。掛け算のように効くというのは、一つ一つがそれほど大きくなくても、うまくマッチさせることによって結果的に大きな力になるという意味です。

また逆に、生来的に高い能力を持っていても、学習を怠ったり、自分が不得意な分野でもがいたりしていると、それほど能力を発揮できないことはままあるでしょうね。

生来的に持っている能力や学習能力を伸ばすのは難しいかもしれませんが、その分を時間を掛けることで補う方法というのは十分ありえる戦略で、その際には「好き」であることは大きく効いてくるでしょう。

あるいはまた、自分の能力や力を発揮できる分野を熟知して、そこにぴったりはまるような働き場所を得ることによって優秀さを発揮できることもありえそうです。

もちろん、生来的に持っている能力が高い人が学習能力を生かして、好きな分野に取り組んでいる人とは争っても勝てないわけですけれど、そこまでいくと「そもそも、どうして能力を人と比べるの?」ということになってくるでしょう。

自分がもたもたしているときに、他の人がスマートに多くの仕事をスピーディにこなしていくのを見るのは確かにつらいものです。でも他人の人生は他人の人生であって、外から見えるところだけ見て嘆いていてもしょうがありません。それよりは、

  • 自分が生来的に持っている能力

  • 自分が持っている学習能力と時間

  • 自分が選んでいる分野や環境との親和性

という要素をしっかり調べることによって、他ならぬ自分の人生を豊かにする方が建設的ではないかなと思います。

新しい技術を勉強するのが好きならば、無理なく新しい技術を勉強できるし、長時間掛けても苦になりません。それは、自分がどんなことが好きであるか、自分は何が得意であるかを熟知し、その力を発揮できるように自分の人生を方向付けているといえます。

他人の活躍をはげみにするならばさておき、そうでなければ、他人との比較よりは自分の活動に注目した方が実があるように思います。

以上、あなたのご質問から思うところを書きました。

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観点がちょっと変わりますが、関連するかもしれない読み物にリンクします。

◆理解に関して他人と優劣を比較しない

https://mm.hyuki.net/n/n59f4e12392f2

◆学校の勉強が苦手なら「勉強が楽しい」という感覚を身につけるのは難しい?

https://mm.hyuki.net/n/nb2610c27eb3f

◆勉強が得意な生徒と苦手な生徒の違い

https://mm.hyuki.net/n/nf7a5f26cc7e8

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結城浩

EngineerWriter

本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。文章を書くこと、学んだり教えたりすること、プログラミング、数学、人と人とのコミュニケーションなどに関心があります。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。アマゾンの著者ページは https://link.hyuki.net/amayuki にあります。なお、私は数学読み物を書いていますが、数学科出身でもありませんし、数学の研究者でもありません。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。〔ゆうき・ひろし〕