橋本 省二:素粒子の電話帳とも言われる素粒子データブック。そこには何百(?)にも及ぶ素粒子の質量や崩壊パターンなどが表にまとめられています。粒子が見つかるとアルファベットやらギリシャ文字の名前をつけるわけですが、途中で足らなくなって仕方なく下付き文字を加えたり、とうとうカッコのなかに質量の値を入れたりして区別するようになりました。控えめに言ってもカオスです。
数多くの素粒子の多くはハドロンと呼ばれる種類のもので、クォークや反クォークが束縛状態をつくったものだと考えられています。ご質問のρ中間子とa1中間子もその例ですね。それにしてもよくぞこんなマニアックな話に興味をもってくださいました。せっかくだから少しおつきあいください。
原子の電子軌道に s波, p波, d波, ... とあるのをご存知ですか?
これらは原子核のまわりを回る電子がもつ角運動量を区別する記号です。量子力学のせいで角運動量も量子化されるんでしたね。s, p, d
の順に角運動量が0、1、2をあらわしています。s, p, d のそれぞれの中にも励起状態(エネルギーの高い状態)があって、それらを順番に 1s, 2s, 3s,
... などと呼ぶことになっています。妙な決まりになっていて p波では 1p を飛ばして 2p, 3p, ... 、d波は 3d から始まります。ある事情で
2s と 2p のエネルギーが非常に近いからなんですね。
クォークの話のはずだったのに原子の軌道の話をしているのには理由があります。ρ中間子などは、クォークと反クォークの束縛状態で、原子の電子軌道と同じようにいろんな状態があるんです。1S,
2S, ... 1P, 2P などなど。こっちでは P波は 1P から数える習わしになっています。
さらに複雑になってしまうけど我慢してください。クォークはスピンをもっているので、クォークと反クォークのスピンが逆向きになってスピン0になったものと向きがそろってスピン1になった別の状態ができます。S波でかつスピン0のものを(軽いクォークの場合は)π中間子といいます。スピン1がρ中間子です。
やっと近づいてきました。次は
P波を考えましょう。P波はクォークと反クォークが互いの周りを回っているせいで角運動量1をもちますが、ここにクォークのもつスピン0か1が加わるので、可能性としては角運動量0、1、2の状態ができます。これらは
a0, a1, a2 中間子と呼ばれてるものです。ぐるぐる回っている分だけ S波よりも重くなるんです。
量子色力学では、クォークが軽いせいでπ中間子が他にくらべてとても軽くなります。ρ中間子やa1中間子もふくめ、ほとんどの励起状態は軽いπ中間子何個かに壊れてしまいます。おかげではっきりと決まった質量にならないんですね。だから、励起状態になればなるほど粒子と呼ぶにはあいまいな代物になってしまいます。だからまああんまり名前をつけてもしょうがないんですが。
おまけに一つ。上記のように軌道とスピンの組み合わせではどうして理解できない粒子も見つかっていて、そういうのはエキゾチック粒子と呼ばれています。クォーク4個の状態などです。原子と似てるけど、やっぱりもっとややこしいんですね。