福島真人:研究する分野と、それを研究する人々の関係という点からいうと、これは意外と難しい問題です。だいぶ前に知り合いの精神科医から、この分野に関心を持つ医師は、どこか自分の精神的問題への引っかかりがあり、結果として発病する場合もあると聞いて驚いたことがありますが、宗教研究(社会科学的なそれも含めて)に関心を持つ人の中には、その動機が自分の信仰とかかわる場合も散見します。周辺にも特定宗派の信仰を持つ宗教学者(社会学、人類学を含む)もいますし、また宗教現象学のように、その内側から肉薄する場合などは特にそうです。とはいえ、全ての学問は文理の違いにかかわらず、集合的な営為であるというのも基本で、個人の信仰を基盤にするだけの議論はそうした学問としての共同性に欠けます。もしそうした議論に直面したら、「それは一つの視点(データ)としてはありうるが、それを裏付ける他のデータはあるのか」と反論するのがいいかもしれません。そうした裏付けでチェックできなければ、それはただ一つの主張にすぎず、学問にはならないです。