たいへんおもしろい質問です.分かっているつもりでいて,しかし触れないようにしてきた問題を投げかけられたという感じのする問いで,爽快でした.ネスレの気泡の入ったチョコ Aero も発音は「エアロ」ですね.

 英語には aerobics, aerodynamic, aerosol など「空気」 (air) を意味する連結辞 aero- を含む専門的な用語がいくつかありますが,ローマ字通りには 「アエロ」のはずです.実際,フランス語などでは aérobic, aérodynamique, aérosol と綴り,発音も予想通りに「アエロ~」となります.ところが,英語では,なんと文字が逆転したような「エアロ」になるというわけです.確かに不思議ですね.

 まず,なぜ <aero> という綴字がストレートに「アエロ」に対応しないのかについて解説します.一言でいえば,英語では「アエ」という音連鎖が許されないからです(身も蓋もないですが).なぜ特定の音連鎖が許されたり許されなかったりするか,というのはなかなかの難問です.例えば,日本語では「ん」は正規の音素なのに,なぜ語頭では現われてはいけないのかというのと同じ類いの問題です.このような問いに対しては,音韻論では「分布」なのだ,といって逃げるのが普通です・・・.

 では,<aero> が「アエロ」に対応するのはダメということは,仕方ない,そういうことか,と認めておくとして,よりによってなぜ綴字がひっくり返ったような発音である「エアロ」 /ˈɛəroʊ/ になってしまうのでしょうか.これもどうやら歴史的経緯があり複雑なようなのですが,ざっくりと次のように回答しておきましょう.

 <ae> という綴字をもつ英単語は,ほぼすべてギリシア語からの(あるいはそこからラテン語を経由した)借用語です.ルネサンス期に,ギリシア語やラテン語のような古典語に傾倒したイギリスの知識人たちが,<ae> を含む単語を大量に借用しました.当時,英語には <ae> の綴字をもつ単語などなかったために,ある意味で <ae> はインテリ語のマーカーとなりました.

 ですが,この <ae> という綴字は,あくまでギリシア語やラテン語の書物からもってきたものであり,英語としてどのように発音すべきかということが問題となります.既存の <ai> という綴字が /eː/ という発音に対応していたことを参照したのではないかと思われますが,<ae> も /eː/ と発音されるようになり,やがて「大母音推移」という音変化の結果として,<ae> は /iː/ に対応することになりました.この対応関係は,現代英語の encyclopaedia, mediaeval, Aesop, Caesar などに観察されます.

 一方,<ae> の後に <r> が続く今回の質問のケース,つまり <aer> については,/ɛər/ という発音に対応することになりました(r が後続する場合には母音に対して不規則なことがよく起こるものです,例えば dear は「ディアー」なのに bear は「ベアー」となるなど).aeration, aerobic, aerodrome, aeronaut, aerosol などです.この連結辞 aero- は,語源的にも意味的にも独立語 air /ɛər/ と関連するため, 互いの発音が結びつけられただろうことは容易に想像できます.ちなみに「飛行機」を意味する airplane は,イギリス英語では aeroplane の語形・綴字のほうが一般的です.

 以上をまとめましょう.<ae(r)> の綴字は見慣れないこともあり,出会ったときには文字通りに「アエ」と読みたくなるかもしれませんが,英語の発音規則として「アエ」はあり得ないということが第1のポイントです.第2に,ではなぜ <ae(r)> を「エア」と読むかといえば,語源・意味的に関連する air /ɛər/ からの類推が効いているのだろうと考えます.aero- 語はもともと発音つきで存在していた英語本来語ではなく,ギリシア語という高尚な言語の書物から近代期に借用した単語ということで,綴字に合わせて後づけで発音を決めた,というのが本当のところだと思います.

 関連して,回答者のブログより「#4701. スペリング <ae> に対応する音価」をお読みください.

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