イナダシュンスケ:細野晴臣さんっていかにも都会生まれで文化資本バリバリの家庭で育ってそう、と思ってWikipediaで調べてみたらまさにその通りでした。
親に連れられて高級洋食店でナイスとフォークをあたりまえのように操るこまっしゃくれたガキ、もといお子様の姿が目に浮かびます。そして駆け出しミュージシャン時代も周りの貧乏ミュージシャンを尻目に自分だけそういう店でめかし込んでる姿が……。
時代的にも洋食全盛時代ですね。今とは全然違います。今「洋食」というと、オムライスやナポリタンなどの庶民的な懐かしグルメや、揚げ物の定食を中心とした食堂のイメージです。
もちろん大衆的な洋食店はそれはそれで当時からあったはずですが、高級な洋食屋となると、それは押しも押されもせぬレストランであり、フランス料理店を標榜する店もありましたし、ステーキハウスの形を取ることもありました。「街で一番格式の高いレストラン」が当然のように洋食店だった時代。そういう洋食店は、「もうどこにもない」わけでもありませんが、激減したのは確かです。
「匂いでわかる」というのもなんとなくわかります。大衆洋食店は揚げ物の匂いに炊いた米の匂いが入り混じりますが、高級洋食店は焼いた肉とバターの匂いです。
高級洋食店の末裔は実はファミレスです。恐竜が鳥に進化したようなものでしょうか。今のファミレスのハンバーグ自体が恐竜時代の高級洋食店のハンバーグと違うかと言われれば、そう大きくは違わないと思います。ファミレスのハンバーグは、かつては大衆洋食店のそれと同様、混ぜ物の多い練り物のようなハンバーグでしたが、今や世間ではそっちの方が希少種です。
ただし「ソースが違う」というのはその通りかもしれません。当時のハンバーグのソースはデミグラスソース一択のはずです。「懐かしの洋食」的な、つまり庶民的な洋食のデミグラスソースは、最終的にケチャップやウスターソースで味をまとめる甘酸っぱさのある味です。しかしかつてフランス料理店と言われていたような洋食店のデミグラスソースは、野菜や肉から抽出したエキスをこんこんと煮詰めることでその味が生まれます。材料や小麦粉をしっかり炒めることで、コクだけでなくホロにがさもまといます。
ファミレスも今どきのハンバーグ専門店も、デミグラスソースが選択可能なことがほとんどですが、そちらが受け継いでいるのはなぜか決まって前者の方です。なぜかと書きましたが理由は明白です。そっちの方がわかりやすいおいしさで、ご飯も進み、なんといってもコストが抑えられます。(これぞ最適解。)
そして、ハンバーグ自体はそう変わらないと書きましたが、ひとつ決定的な違いがあります。いにしえからの洋食店のハンバーグはナツメグなどの香辛料が効いています。稀にクローブやオールスパイスを効かせるケースもあります。
こういうのも現代のハンバーグからは概ね失われてしまいました。好き嫌いが分かれるからでしょうか。むしろこのナツメグ文化は、家庭で作るハンバーグの方に残っています。
「匂いでわかる」「ソースが違う」という印象には、そういった香辛料の要素も寄与しているのかもしれませんね。