橋本 省二:「作用」という何とも形容のしがたい量が、物理学の世界では王様のように君臨しています。「最小作用の原理」と称してこの量が最小になるような軌道を探すと、これが運動方程式の解になっているのです。それどころか、法則を体現すると思われた運動方程式とは、最小作用を探すための便法にすぎない。とにかくヤツは王様なんです。その正体は、量子力学に進むと次第に明らかになります。あいつが支配しているのは最小作用だけではない。文字通りすべてです。ありとあらゆる軌道について適切な位相因子をつけて和をとると波動関数ができあがる。これが経路積分の言葉で書いた量子力学ですが、この位相因子を決めるのが作用。作用とは物理学の大ボスなのです。ラスボスかどうかはまだわかりませんけどね。
ハミルトン・ヤコビ方程式からシュレーディンガー方程式を導けると思っていたら「え?」となります。無理だからです。量子力学は古典力学をどうひねくりかえしても導かれたりはしません。逆は可能です。シュレーディンガー方程式から出発して波動関数の位相因子に対する方程式を書いてみると、プランク定数を無視する極限で古典力学、つまりハミルトン・ヤコビ方程式が出てきます。そこにあらわれるのが作用。作用とは波動関数の複素位相だったんですね。
こういうからくりも、量子力学の経路積分表示を書いてみると明らかになります。位相因子は exp[ i 作用 / プランク定数 ]
という形になっているので、プランク定数を小さくとる極限では、積分のときに位相因子がやたらと速く回転してすべて相殺してしまいます。ただ一つ残る可能性は作用が最低になって停留値をとるところ。これこそが古典力学でいう最小作用の原理です。
うまくできてますよね。でも、なぜ量子力学は経路積分でできているのか。それは誰にもわかりません。このミステリーをもっと楽しみたい方は、ファインマン『光と物質のふしぎな理論』をどうぞ。数式に疲れた方もぜひ。