橋本 省二:反重力ですか。そんなものナンセンス。そう言いたくなりましたが、物理学は実証科学です。何ごとも実験で確認するまでは正しいとは言えない。「実験データは存在していますか?」という質問は極めて真っ当なものです。どうなんでしょうか。
粒子と反粒子の間にはたらく重力は引力ではなく斥力ではないだろうか。現在の重力理論(アインシュタインの一般相対性理論)ではそんなことは起きませんし、ディラックの空孔理論が...という議論も私には理解できません。しかし、実験で検証するまではどっちが正しいかわからない。ではどうやれば測れるか。そういう問題ですね。これはなかなか大変そうです。
反物質にはたらく重力を測定したいとしましょう。電子や陽子のように電荷をもった粒子(の反粒子)では、電磁気力が強すぎてごく小さな重力の効果は測定できそうもありません。中性子の反粒子ならできるかもしれませんが、反中性子をどうやって制御すればいいかが問題です。そもそも反粒子を作るには加速器で例えば陽子を加速し、何かの標的に当てたときに出てくる粒子反粒子対から反粒子を取り出すわけです。当然、反粒子はでたらめな方向に勢いよく出てきます。そこにはたらく重力を測るには、まずそいつを一旦止めて、それから重力でどう動くかを見ないといけない。でも、そもそもどうやって止めるのか。壁をつくっても、反粒子は壁の粒子と反応して消えてしまう。だから真空中に浮かせるしかないわけですが、中性子を浮かべるのはどうすればいいかわからない。
現在おこなわれているのは、反水素(反陽子+陽電子)を使う実験です。これも電気的には中性ですね。でも磁気モーメントをもっているので、うまく設計した磁気トラップのなかにためることができる。実際に、反水素を多数(数百個)作ってその性質を測定する実験が欧州のCERNでは行われています。日本からも参加していましたね。そもそも反陽子と陽電子をそれぞれ作ったうえで、結合させて反水素を作らないといけないので、そこからして大変そうですが、そこはクリアしている。すごい技術です。で、そのプログラムの一つに磁気トラップにためた反水素にはたらく重力の測定があります。反水素は地球の重力に引かれて落ちるのか、あるいは斥力なので浮き上がるのか。まずは反水素を十分に冷やして(止めて)おかないと落ちるか浮くかはわからないですね。そこが難しい技術になります。現状ではまだ重力の効果はプラスともマイナスとも確定できる精度には至ってないようですが、着実に進展しているのだと思います。そしてもし斥力だったら...
、すぐにノーベル賞確定ですね。