浅野 晃:人間の網膜には色を感じる3種類のセンサー(錐体)がありますが,短い波長(概ね青色に対応)に反応するS錐体は,反応する波長域が他のM,
L錐体からは少し隔たっていて,またM,L錐体よりも数が少ないことが知られています[1]。しかし,言語における「青」や「赤」という色の名前のつけ方は,「どの範囲の色彩にどういう言葉を割り当てるか」ということなので,こういう眼の性質とはあまり関係ないと思います。
世界の言語における色名については,Berlin &
Kayが1969年に発表した研究が有名です[2]。これは,世界の98言語について「色を表す基本語彙」を調べ,「どの言語でも,基本語彙の数によって,どの色を表す語彙が存在するかは決まっている」という仮説を主張したものです。例えば,ある言語に基本色名が2つしかなければそれは「白,黒」で,3つならば「白,黒,赤」,というわけです。この研究には,その後さまざまな議論がなされていますが[3],この研究はその土台として,発表から50年以上たっても引用されています。
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さて,日本語の「青」の問題ですが,実はさきほどの文献[2]でも「例外的な事象」として書かれています。彼らの説では,「基本色名が4つならば,白,黒,赤と,黄または緑」「基本色名が5つならば,白,黒,赤,黄,緑」となっていて,その次の「6つ以上の基本色名をもつ言語」になってようやく「青」が出てきます。しかし,よく知られているように,日本語では「緑」よりも「青」のほうが基本的な語彙で,「緑」はもともと「青」に含まれていたといわれています。これについては,[2]でも「今後の研究を待つ」と書かれています。
これについてよく知られているのは,佐竹昭広が[4]で述べている説です。これは,上代の日本語に見られる色を表す語彙から「色材の名前を転用したもの」を除いていった結果,残るのは「あか,くろ,しろ,あお」であり,それらはそれぞれ「明,暗,顕,漠」に対応するというものです。つまり,まず「あかーくろ」が「明るさ」についての対比で,次に「しろーあお」が「はっきりしているかどうか」の対比であるというわけです。この考えによると,本来「あお」は「はっきりしない,漠然としている」という状態を指す言葉であって,特定の色相を指すものではなかった,ということになります。
[1] 内川惠二,人間は本当に青に鈍感なの?,映像情報メディア学会誌,Vol. 56, No. 9, pp. 1462-1463 (2002).
https://doi.org/10.3169/itej.56.1462
[2] B. Berlin and P. Kay, Basic color terms: Their universality and evolution,
University of California Press (1970).
ペーパーバック版 Center for the Study of Language and Information Publications (1999).
ISBN 978-1575861623
https://www.amazon.co.jp/Basic-Color-Terms-Universality-Evolution/dp/1575861623
(日本語の色名については,§2.5に記載)
[3] Wikipedia "Linguistic relativity and the color naming debate"
https://en.wikipedia.org/wiki/Linguistic_relativity_and_the_color_naming_debate
[4] 佐竹昭広,萬葉集抜書,岩波書店 (1980) より「古代日本語における色名の性格」(pp. 63-86).