佐藤愛:料理やお菓子作りにおいて職人の技術とその科学的再現を競わせてみたら、前者は後者に勝つ可能性があるのか?ということを知りたいのですね。ですがそもそも両者を競わせることはできないということを説明したいと思います。
まず今回質問者さんが例にあげているのはチョコレートです。チョコレート作りのなかでも再結晶化がかかわるのはテンパリングです。
テンパリングは確かに技術的に習得困難であり、質問者さんの考える通りチョコレートの美味しさを決める重要な要素です。ですが発想の転換もできます。
たとえば2023年サロン・デュ・ショコラ東京会場のパンフレットをご覧ください。
https://www.mistore.jp/on/demandware.static/-/Sites-seamless-Library/ja_JP/dw6acd1b9f/content/feature/foods_f3/salon-du-chocolat_f/pdf/2023catalog.pdf
"Ma ville"というタイトルがついたチョコレートの詰め合わせにこのような説明があります。
「ショコラティエたちが根をおろしている土地や、これからもつながっていたい故郷、場所、情景など。その地が作り出すかけがえのない素材、文化、風土へのオマージュを込めたひと粒です。過去、現在、
未来。その場所の空気感、エッセンスを感じてください。」(12頁)
次のページにはこのなかの一粒にかんしこう書いてあります。
「桑茶プラリネ〈 ル・フルーヴ
〉上垣河大:養蚕農家が数多くあるシェフの地元の大屋町蔵垣村では、蚕の餌の桑の葉をお茶にして飲む習慣があるそう。村のアイデンティティとも言える農薬不使用の桑の茶葉を使った青々しい香りのショコラをイタリア産のアーモンドで作った自家製のプラリネと合わせたひと粒。竹林の中を吹き抜ける風のような清涼感。」(13頁)
これらの引用から、箱全体のテーマがまず設定されそれに合うように一粒ずつ異なるチョコレートが集められていることが分かるとおもいます。一粒ずつは全体のテーマを軸に、それぞれの職人が原材料を厳選(味だけでなくフェアな生産入手過程を経ているかのチェック)し、独創的なスパイスや香りのする素材を組み合わせ、最終的に口の中で溶けるときの味覚・嗅覚的なまとまり、視覚的効果などのチョコレートを食べる際の体験全体を計算しながら作られます。
したがって、一粒あるいは箱全体を仕上げるための着想やディレクションを含む多岐に渡る工程について、職人芸とその科学的再現を対立させることは不可能であると予測されます。
チョコレートを作る工程において将来的にテンパリングが省略できるようになったとしても、職人には他にもすることや考えることが多くあり、それら全てと結晶化の科学的再現とは比較できないということです。
最後に付け加えれば職人と科学は対立関係ではなく「素晴らしいチョコレートを作る」という共通の目標のもと、協力関係にあると言えるのではないでしょうか。
(チョコレート以外の例で和食のお出汁も科学的、文化的に考えると面白いです。)