小田部正明 (Masaaki Kotabe):貴方の質問は現在の課題だと理解します。答える前に、多少歴史的に見てみたいと思います。大昔の文明を考えると、メソポタミア文明(紀元前1万年以上前)、エジプト文明(紀元前3000年前)などが発展した理由は、その地域が水に恵まれている熱帯気候であったからです。そのような熱帯気候は自然の恵み(農業に適している)が多く、大きな人口が保てました。ですから、大昔は自然資源豊かな(食べ物の多い)熱帯気候が基本的な組織だった文明を作るのに適していたのでしょう。
しかし、貴方の質問を18世紀のイギリスで始まった産業革命以来の時代(現在)に絞ってみれば、人間は機械という資源を利用することで、力仕事だけで築ける生活の糧を遥かに超える糧を生み出す方法を見つけました。何故イギリスでそのような発展が起こったかと言うと、イギリスの気候は悪く農産物の生産に向いていませんでした。つまり生活を豊かにするためにはその作物を多く作り、冬の間保存するという将来の為の計画することが必要であった訳です。
最初は農業生産性を高めるために農耕機械から始まり、後々は機織り機械、輸送機械等へと発展していきました。そのアイデアが徐々に西・北ヨーロッパに広がり、そしてアメリカ、日本等の国々に伝播していった訳です。
つまり、簡単に言えば、昔と比べ労働生産性を何倍も引き上げたわけです。その後は、単なる機械から更に知識の集積した高度な機械(ハードウェア)(例えば航空機、コンピュータ等)を作り、更に同じように知識の集積したソフトウェア(Microsoft
Office, AI等)を作り、更に人間1人当たりの生産性を向上させています。つまり、私達1人ひとりがそれだけ豊かになった訳です。
では何故現在の熱帯国には、この産業革命がなかなか普及しなかっかのでしょうか。私の経験で説明してみます。私はブラジルの熱帯にあるバイア州政府に依頼されて、サンフランシスコ・バレー(São
Francisco
Valley)でブドウ栽培の生産性を高めるための方策を考える事でした。サンフランシスコ・バレーとはブラジル人が食べても食べきれないほどのブドウが一年中生産できる最適で温暖な熱帯気候です。ところがそのブドウ生産の9割近くが、労働力不足(?)の為ブドウ狩りする前に腐敗してしまっていました。私が理解したのは、実際は労働不足と言うよりも労働者が仕事をしようとする発想がないことが問題でした。何故その労働者が仕事をしないかと言うと、彼らが住んでいる熱帯地域は生活の糧(バナナ、パイナップル等の果物、そして諸々の野菜は家の前に種を植えれば食べれる以上に簡単に育つし、鶏、豚、牛なども家の周りに放し飼いをし、魚を食べたければサンフランシスコ川に行けば網さえあればいくらでも大きな魚が捕れる)が簡単に手に入り、その生活資源を近所の人と取引をすれば十分に生活ができる環境です。その上、気候が熱く必要以上に仕事をする環境でもありません。その為、一般の住人は何故それ以上働かなければならないのか理解できません。その住民にブドウ採取の仕事を依頼しても、多少お金が入るとそれ以上は仕事も辞め、普段の生活に戻ってしまいました。つまり、彼らにとっては十分に豊かな生活ができているので、それ以上の将来の生活の糧の為に仕事をしなければならないという発想が起こらないのです。私の事例は極端なものかもしれませんが、熱帯地方の現状が伝わったと思います。それが貴方の質問への答えです。
しかし、最近はエアコン等の普及で熱帯地方でも適温な環境で生活ができるようになってきているので、前述のような問題の打開策になってきています。そのように考えると、エアコンの更なる普及によって、熱帯地方の人々の生活向上欲求も高まるし仕事の生産性も上がるようになると思います。