Issei Suzuki:親の母語(継承語)と現地社会の主要言語が異なる場合、必然的に子供は複数の言語を学ぶことになります。このような場面で起こりうる問題や、言語学習の基本的なモデルを解説した書籍があるので、一読されると参考になると思います。
「親と子をつなぐ継承言語教育 日本・外国にルーツを持つ子供」
近藤ブラウン妃美、坂本光代、西川朋美 (くろしお出版)
私はスイスのチューリッヒ州に住んでおり、現在は小学生の子供がいます。私も妻も日本語話者のため子供も家庭では日本語を話していますが、日常生活ではスイスドイツ語、学校では標準ドイツ語を話しています(なお小学校では第一外国語として英語、第二外国語としてフランス語を学んでいます)。
最近、子供が言語能力検査を受けたのですが、同学年の子供たちと比べてドイツ語の語彙・文法が弱いことが判明しました。これはおそらく家庭で日本語を話している副作用です。
日本語だと文章中での同士の役割は「て」「に」「を」「は」などの格助詞によって示されますが、ドイツ語では冠詞の形を変えることによって示します。問題は、名詞には性(男性、女性、中性)があり、性によって冠詞の格変化が異なるため、それぞれの名詞の性別を覚えていないと格が分からなくなることです
(*1)。格が分からないということは、日本語だと「て」「に」「を」「は」などが抜けた文章を読むようなものです。
格助詞なしの分: おにいちゃん○ 今日 僕○ おもちゃの剣○ たたいた
元の文: お兄ちゃんが 今日 僕を おもちゃの剣で たたいた
小学校低学年ぐらいまでは格が分からなくても、文章で示される場面が単純なために内容を正しく推測できてしまいます。これが高学年になってくると、理解できない文章が徐々に増えてきます。
家庭でドイツ語を使っている場合、子供が小さいときに親が意識的・無意識的に子供の言い間違いを正すことを通じて、子供が名詞の性を学習しているのだと思います。また家庭でドイツ語を話していない場合でも母語がフランス語やロシア語であれば、名詞に性の概念があることは子供には自明のことです。わが家の場合は家庭でドイツ語の名詞の性別について学習する機会がなく、子供が小さいうちはそれでもコミュニケーションに大きな支障がなかったため、今の時期になって問題が顕在化したのだと思います。
第一言語と第二言語が言語的に遠い場合、こういった問題が発生しえます。
(*1) 東京外国語大学言語モジュール ドイツ語 文法モジュール 013: 格変化(1)
http://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/de/gmod/contents/card/013.html