私はプログラミング技術のことや数学のことなど、一般に「難しい」や「ややこしい」と思われていることを解きほぐす本を多く書いています。ですから、ご質問にあるような「難しいことを一般の方にわかりやすく解説する」というのは、私の活動の中核にあるといえます。
そのような状態ですので「気を付けていること」を書き始めたらきりがありませんが、ごく簡単に書いてみたいと思います。
すべての根底にあるのは《読者のことを考える》という態度です。「難しいことを説明する」と考えるとつい、その「難しいこと」の方に目が行ってしまい、読者のことを忘れてしまいがちです。でも、自分がどのような読者に向けて書いているのかをないがしろにしてしまったら「難しいこと」をどれほど噛み砕いても意味がありません。「わかりやすい」というのは「表現」を表す属性ではなくて「読者と表現とのマッチングの度合い」を表す属性なのです。
たとえば「数式」を出すか出さないかは文章を書く上で重要な判断になります。読者によっては数式を出さない方がわかりやすいと感じますし、また別の読者によってはむしろ数式を出す方がわかりやすく感じることもあります。もちろん内容によって出した方がいい場合と出さない方がいい場合とあります。
また「日常生活に即した例やたとえ話」はわかりやすくする方法としてしばしば紹介されますが、これも良し悪しで、読者に合った例やたとえ話でないとわかりにくくなったり、また重要な点で誤解を生む危険性もあります。そして読者に合った例やたとえ話を出すためには、読者のことを知らなければならないわけです。
さらにいうなら、そもそも求められているのは「説明」なのかという問題もあります。難しい概念を噛み砕いて説明し理解してもらうことを目指すのか、それともその分野の雰囲気や一般とは違う考え方や発想をふわっと紹介することを目指すのかで文章の書き方は大きく変わるでしょう。ですから、自分が書く文章によって、どのようなことを読者に伝えたいのかを把握しておく必要があります。これもまた《読者のことを考える》という態度へとつながっていきます。
私が本を書くときに心がけているのは、読者を信頼することです。「読者は本当に理解したときには喜びを感じるし、喜びを感じるならば多少難しいことにも挑戦してくれる」と信頼することです。ですから、ごくごく易しい話題から始めて、やや難しい話題へ向けてていねいに理解を促すような書き方を心がけています。
書くときには、書く内容を自分がよく理解しておくことはもちろん重要です。自分が理解していないことを書くことはできませんし、小手先の文章のテクニックで自分の理解不足をカバーすることはできません。
しかしながら、自分がたくさん勉強して理解を深めたものを生のまま文章にぶつけるのもよくありません。それは自分が勉強したことを単に吐き出しているだけで《読者のことを考える》態度を忘れているからです。
以上、思い付くまま書いてみました。
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なお、《読者のことを考える》という態度については、以下の著書で詳しく解説していますので、宣伝がてらご紹介いたします。
◆書籍『数学文章作法』基礎編・推敲編