橋本 省二:そう思いますよね。無理もないことです。素粒子の標準模型を学ぶのって、なにしろ長い道のりなんです。量子力学から場の量子論に進み、ヒッグス機構はその最後のほうにおまけみたいに出てきます。そのころにはもう頭が飽和しちゃって、じっくり考える余裕がなくなるんですよね。
電子でもクォークでも、質量つきのラグランジアンが教科書には平気で出てきますが、これらはすべて、標準模型では許されません。質量項を書いたらだめなんです。問題は弱い相互作用にあります。これも教科書の後ろのほうでやっと出てきますよね。
弱い相互作用はパリティを破る。よくそう聞きますよね。その意味は、電子やクォークのうち左巻きスピンをもつものだけが弱い相互作用を感じ、右巻きスピンには何も起こらないということです。なぜ?って聞かないでください。実験によれば自然法則はそうなってるんです。そして、弱い相互作用はゲージ理論で書かれる。(だんだん専門的になってしまいます。ごめんなさい。)そこではゲージ対称性という、電子やクォークの場の内部自由度に関する「回転」対称性が重要になります。左巻きの場は回転し、右巻きの場は回転しない。そういう変換をしたときに、ラグランジアンが変わらないように作らないといけません。質量項とは左巻きと右巻きをくっつける項のことですから、一方が回転してもう一方が回転しないと、ラグランジアンを不変に保つことができなくなってしまいます。そういうのは許されないんです。
そこで登場するのがヒッグス場、ということになります。この変換のつじつまを合わせて質量項みたいなものを作る。そのヒッグス場が真空に凝縮したとき初めて質量が生まれるのです。自発的対称性の破れですね。
あらためて読み返してみると、これで理解しろっていうのは厳しいでしょうね。じっくり考えてみたい方は、橋本省二『質量はどのように生まれるのか』(講談社ブルーバックス)はいかがですか?
でももう絶版なので本屋にはありません。電子書籍なら手に入るそうです。